「あなたが似島で見たのは、供養塔の地下と同じ、あの日のまんまの広島よ。死者の本当の気持ちにふれてしもうたんじゃ。じゃから、自分がこれからどうするか、自分の頭で考えんといけんよね」
本書は、佐伯さんの発問にたいする全身全霊の返答でもある。毎年七月、広島市が公表する「原爆供養塔納骨名簿」は、佐伯さんが原爆供養塔の地下室にこもり、懐中電灯で照らしながら写し取った記録を下敷きにしている。その名簿を手がかりに、船に乗り、新幹線や鉄道を乗り継ぎ、レンタル自転車を漕いで遺族探しをはじめる著者の姿は、まるで佐伯さんが乗り移ったかのようだ。そして、推理小説を地でゆく困難な作業を続けるうち、疑念が湧きはじめる。納骨名簿に記されている情報は、いったいどこまで正しいのか?
半年後の七月、取材の経緯を報告するため、著者はふたたび佐伯さんのもとを訪ねている。疑念を率直に打ち明けると、「おうとるほうが、不思議よね」。虚を突かれ、あわててテープレコーダーの録音ボタンを押した。では、間違っているかもしれないのに、なぜ佐伯さんはあれほど根気よく遺族を探し続けたのか。
堰を切ったように語られる、九十三歳の語り。
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