七〇年代という時代
林 髙見澤さんと私は同い年ですが、この本の魅力の一つは、私たちが青春時代を過ごしたころの原宿や六本木がちゃんと描かれているところ。私は残念ながら雅彦のように格好いい青春は送っていないですけど(笑)。私が原宿にいたのは社会にでた後で二十五、六歳だけど、髙見澤さんは十九歳くらいで少し早い。
髙見澤 十代のころはあのあたりに住んでいる友達がいて、お店を教えられたりしていました。周りに背伸びして遊んでいる連中が多かったんです。彼らに引っ張られるようにして連れ回されて。僕自身は率先して遊ぶ方ではなくて、むしろ一人のほうが好きだったんですが。
林 雅彦はバンドをやっていますが、当時ロックをやっている子ってお金持ちの家の子だったんじゃないかしら。でなければ、楽器を買ってもらえない。
髙見澤 僕は違いますが、確かに楽器もアンプも必要だし、練習場所もいる。最初のバンドはメンバーに踊りの先生の息子がいたので、その稽古場で練習していました。高校時代は、バンドメンバーの広い家で練習したり、場所には恵まれていましたね。
林 ロックをやっている学生は珍しかったでしょう。
髙見澤 それなりにやっている人はいたんですが、フォークの方が圧倒的に人気がありました。
林 思い返すと、あのころの私を含めた女の子は圧倒的にユーミンでした。
髙見澤 荒井由実さんの時代。
林 だから、とてもロックまでたどりつけなかった。興味もなかった。
髙見澤 ロックは今よりアンダーグラウンドなイメージがあって、かなりマイナーでしたからね。
林 私のような地方出身の子はロックを聞く文化がなかったから、『音叉』を読んでいると、都会のオシャレな学校の世界だなって思う。髙見澤さんは高校から明治学院に通われていたんですから。
髙見澤 いやいや全然オシャレじゃないですよ。
林 そんな学生生活の中でも、サルトルとか読むのが時代ですよね。あの頃って、よくわからなくても読んでみた。実存主義がどうしたとか。
髙見澤 僕は、なぜだかその実存主義にハマっちゃったんですよ。父親が学校の先生をやっていたので、本に親しんではいて、小学校の頃から難しい本を読んでいたんです。
林 私は何度読んでも、存在となんとかってわからない。
髙見澤 僕も『存在と無』とか、すべては分からないんですが、ボヤッとした全体像というか雰囲気だけを理解していました。とにかくそれを読むことで自意識を高めていたんでしょうかね。でも、読むことが確実に自分の中のエネルギーになっていた。カミュの『異邦人』しかり、サルトルの『嘔吐』しかり。
林 なんだか分からないけど、読んだ振りをしなくてはいけないのが、大学生だったのよね。
髙見澤 まだ学生運動の名残もありましたから。僕らの世代のちょっと上の先輩たちは特にそうでした。
林 三菱重工ビル爆破事件が象徴的な場面で出てきますが、物語に時代が反映されてますね。
髙見澤 あの事件は鮮明に覚えています。一九七四年八月三十日。僕らがデビューしたのが、その五日前だったんです。事件はニュースでしか知りませんが、そういう出来事も自分の中で噛み砕いて書いてみたかった。
林 ガールフレンドのベッドの下に、前の彼氏のヘルメットが置かれていたシーンはすごくいいですね。あれで時代がとてもよく分かる。
髙見澤 ありがとうございます。
林 女の子はみんな魅力的で、とくに学校を辞めてホステスに転身する加奈子さんが好きです。
髙見澤 僕にもあの頃、そういう女性がいたらよかったんですけど。
林 何をおっしゃいますか(笑)。
髙見澤 加奈子の場合、ちらっと出すだけのつもりだったけど、書き進んでいるうちに、登場人物の中でも重要な存在になってしまった。やはり書きながら作った感じですね。
林 加奈子はしたたかに、二〇一八年も生き抜いていると思います。銀座にクラブを四軒か五軒も持って。
髙見澤 加奈子がそうなって、雅彦はヒモになる話もいいかと思ったんですが(笑)。小説はそんな風に、人の人生をいかようにもできて面白いですね。
林 それが書くことの醍醐味ですよね。