別冊文藝春秋

『プリンセス刑事』喜多喜久――立ち読み

文: 喜多 喜久

電子版21号

「別冊文藝春秋 電子版21号」(文藝春秋 編)

第一章 拝謁


1

 コインパーキングに停めた車を降り、芦原直斗は強烈な陽光に顔をしかめた。まだ午前十時過ぎだというのに、思わず車中に戻りたくなるくらい暑くなっている。

「うんざりするな、まったく」

 助手席から降り立つと同時に、コンビを組んでいる鹿部が呟いた。開いているのかどうか判別に苦しむその細い目は、真っ青な空に向けられている。

「この暑さ……まだ七月にもなってないのに、今年はちょっと異常ですね」

「そうだな。おかしいのは気温だけじゃないけどな」

 忌々しげに言い、鹿部が車を離れる。直斗は「ですね」と同意して彼の隣に並んだ。警視庁刑事部・捜査第一課で長く犯罪と戦い続けてきた彼にとっても、今回の事件は異様なものと映っているらしい。

 静まり返った住宅街を歩いていくと、植え込みで囲われた敷地が見えてくる。開け放たれた高さ二メートルほどの門の向こうには、正方形に配置された四つのビルが鎮座している。どれも八階建てで、各棟が渡り廊下で繋がっており、前面がガラス張りになっている。四つ子が手を繋いだような形のこの建物が、三鷹市立大学――ある意味、現在日本で最も知名度が高い大学――の本校舎だ。

 大学の周囲を巡る歩道を歩いている人々は、みな視線を校舎の方に向けている。おそらく近所の住民なのだろう。誰もが一様に不安げな表情を浮かべていた。

 直斗たちは並んで大学の門をくぐった。

別冊文藝春秋からうまれた本



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