冷え切った暗い部屋で、煌々(こうこう)と光るノートパソコンの画面を見つめていた。穴が開くほど画面を見つめ、大きく深呼吸をして、パソコンの電源を落とす。さらに冷たい布団にもぐる。事件が起きていた。枕元では、マーク・ザッカーバーグが丸まって眠っている。一男は目をつむり、子猫の小さな寝息に合わせて呼吸をする。けれども、眠れない。一時間ほど寝返りを繰り返したのちに、起きてパソコンを立ち上げ、画面を見つめる。もう今日だけで十回以上同じ動作を繰り返している。
宝くじが、当せんしていた。
三億円。パソコン画面の中で、九桁の数字が明滅している。手元にある宝くじに書いてある番号と、画面に表示された当せん番号を見比べてみた。何度見直しても、間違いない。「サンオクエン……サンオクエン」と呪文のように繰り返し呟く。何度もその数字を反芻(はんすう)することで、気持ちを落ち着かせようとした。けれども、その数字の羅列がどうしてもお金と結びつかない。
もしあの老婦人が、このことを知ったら後悔するだろうか。八十年間生きてきて、福引きでティッシュを引き続け、最後の最後に三億円の宝くじが待っていたはずだったのに。ああ、こんな悲劇ってあるかしら。けれども、誰かがチャンスを逃しているからこそ、誰かには幸運が訪れる。貧乏人がいるから、金持ちが存在しているのと同じように。
とにかく落ち着け。そうひとりごちながら、パソコンのトップサイトにある検索窓に「宝くじ」および「当せん者」と入力し、同類の姿を求めてクリックをする。
宝くじ当せん者たちのその後の悲惨な人生
いきなり最上段に表示されたページタイトル。慄(おのの)きながらクリックを繰り返すと、修羅場、バレる、家庭崩壊、失業、詐欺、失踪、死亡とネガティブワードが並ぶ。宝くじの検索が導いた先には、悲劇が列をなしていた。
宝くじで大金を手に入れたばかりに仕事がうまくいかなくなり、妻と離婚し刑務所に入るまで落ちぶれたトルコの大工。親戚や友人にたかられてお金を貸し続け、しまいには行方不明になり白骨死体で発見されたドイツの郵便配達員。わずか十五歳で当せんしたのちに豊胸手術や整形手術を繰り返し、最後はドラッグに溺れて破滅してしまったアメリカの女子高生。
「うまくお金を使うことは、それを稼ぐのと同じくらい難しい」
世界一の金持ちになったとき、ビル・ゲイツは言った。その言葉が真実であることを証明するかのように、インターネットの中には世界中の宝くじ高額当せん者の悲劇が溢れていた。