- 2018.11.26
- インタビュー・対談
宮部みゆき 『昨日がなければ明日もない』&『希望荘』刊行記念インタビュー #1
「オール讀物」編集部
シリーズ累計300万部突破!
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
──それだけ最初から構想がしっかりと頭にあったのですね。杉村の奥さんの菜穂子は、今多コンツェルンという日本を代表する大企業グループの会長の娘ですが、この設定を、思いつかれたきっかけは?
宮部 これも、アルバート・サムスンを意識してのことで、最初は、サラリーマンで会社が倒産してしまい、失業して私立探偵になったという設定を考えていたんです。でも、もし奥さんの実家が金持ちだとしたら、普通の人間は、そこで「甘い汁が吸える」なんてことは考えず、周りに気を使いながら暮らしていくのではないか。奥さんにとっては、当たり前の環境でも、外から来た人間は、「申し訳ないよなあ。自分だけいい思いして」と思ってしまう。そう感じてくれる主人公だといいなと思いました。あと、お金持ちの家と関わりがあると、意外に物の目利きになれたりもするんですよ。
──たしかに、会社員時代の杉村は、銀座のお店で仕立てた高級なスーツを着ています。
宮部 はい。たとえば、聞き込みに行った時に、玄関にある靴を見て、「この人、お金持ちのわりには、あんまりいい靴履いてないな」とか、気付くでしょう。豊かな生活を十年ばかりしたことのある経験が、探偵稼業にも生きてくる。それで、妻の実家が大金持ちって設定はいいんじゃないかなと考えました。あと、逆玉だと「奥さんの七光りだな」と見下す人もいる。そういう、人に蔑まれる経験をしているのも大事だと。
──たしかに、杉村の周りには、手厳しい人が多いですね。今の大家で、マンガの「ワンピース」になぞらえて「ビッグ・マム」と呼ばれる竹中松子。そして、「口に蝮の毒がある」山梨にいる実の母、そして以前上司だった編集長の園田さんもそうです。三作目の『ペテロの葬列』(二〇一三年)では、さんざん「逆玉」と言われています。
宮部 みなさん、ズケズケ言いますからね。まさに「杉村と困った女たち」(笑)。
──それを「柳に風」と受け流すのも、また杉村の魅力でもあります。
宮部 普通、私立探偵物の男性の主人公というと、黙っていても女性のほうが寄ってくる。でも、杉村は、そういうタイプじゃない。子どもからおばさんまで好かれてはいる。でも、好かれているから、かえってズケズケ言われてしまう。
──杉村が「受け身」という点で、思い出すのは、もし探偵として長所があるとすれば、それは自分が、社内報でインタビューをたくさんこなしたことだと杉村自身が語っていることです。
宮部 ガシガシと調べたり、物事にずんずん分け入っていくんじゃなくて、杉村には聞く人、受信する人であってほしい。でもそれゆえに、すごく無力なことも多い。きっと、自信を持って「これが正義だ」とか言えないタイプの人なんです。
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