女子中学生の万引き事件からはじまるこの小説の主人公、津川直二郎は、銀座の名門デパートで外商課長を務めるエリートサラリーマンである。時代は一九八〇年代の半ば、日本の商業の中心地ともいえる銀座圏に、大手デパートが次々と参入してきた。このため、主人公は大口の法人顧客を競争相手に奪われそうになり、上司からは左遷を意味する「選手交代」をちらつかされる。万引きしたのは主人公の娘で、家庭における「父の不在」への抗議のようだ。キャリアウーマンの妻には、「夫の不在」を見透かしたように、高校の同級生だったプレーボーイの歯科医が誘惑の手を伸ばしている。
まさに、管理職降格と家庭崩壊の危機に直面する主人公は、どうするのか、どうなるのか。この小説を読み始めた読者は、その先が気になって、夜行便の乗客のように目を赤くしたレッドアイで出社するか、降車駅を見落として遅刻するかの危機に直面したに違いない。
エンターテインメントとして第一級のこの物語は、三十数年前、現在進行形の銀座デパート戦争を題材にしながら発表された。この作品で、作者が投げかけたテーマは、時の流れとともに消えるどころか、日本企業のあり方、そこで働く人たちの働き方への問題提起として、重みをまして、現在の私たちに迫ってくるものがある。その意味で時代を超える現代小説ということになる。
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