「プレゼント?」
「明日は父親の誕生日なの。プレゼントを持って今すぐ電車に乗らなきゃ。お願い!」
大噓。父の誕生日はあと三ヶ月先、真夏だ。それでもミスター・カプールはセキュリティロックを解除し、ブザーの後に、ドアの鍵が開くカチリという音がした。私はこの受付男の気が変わらないうちにとドアを開け、素早く体を滑り込ませる。中に入ってしまえば、後はこっちのもんだ。私はエレベーターのボタンを連打した。
地下に降り、エレベーターのドアが開くと、目の前は人、人、人、ついこの間まで私の潜伏先だったR&D部門のフロアは人で溢れて、エレベーターホールにまで雪崩れ込んでいた。
「ちょ、ちょっと、通して!」
どうにか体と体の隙間に割って入り、エレベーターから出る。いったい何が起きているのかと背伸びして様子を窺うけれど、まるで大混雑した空港の保安検査場前で待たされている人たちみたいに、他の面々もどこか困惑した表情を浮かべている。
つま先立ったりジャンプしたり、前の方を見ようとしていたら、一、二メートル先の左の壁際に、R&D部門で隣の席だった、眼鏡のドクを見つけた。
「ヘイ、ドク!」
私が手を振ってにじり寄ると、眉間に深いしわを刻んでいたドクの顔が少し明るくなった。
「ああ、ヴィヴか。君も来たんだな」
「うん、メグミに呼ばれて。いったいどうしたの、これ」
「どうもこうも……リウたちが“X”のコンポジットをはじめたとたんに、上のチームが来たんだ。『エヴォリューション:A』が先に使う予定だったって言って、コンポジットルームから君らのチームを追い出した」
メグミが電話で知らせてきたとおりだ。怒りで再び顔が熱くなるのを感じる。
「この人だかりは何なの? 向こうにしたって、コンポジットチームだけが部屋に入ればいいでしょうに」
するとドクは呆れ顔で肩をすくめた。
「さあね。その後でどんどん人が降りてきて、この有様だよ。ろくに作業ができない」
人が多すぎて、デスクでマシンをいじることすらままならない。“X”とは無関係のR&Dのみんなまで、仕事に取りかかれないのだ。R&Dのスタッフのひとりは今も声を荒げてここから出て行けと文句を言っているが、人だかりはぴくりとも動かない。他の面々はすでに諦めたようで、憮然とした面持ちで腕組みしているか、にやにやしながらこの有様を観戦することに決めたかの、どちらかだった。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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