別冊文藝春秋

『スタッフロール』深緑野分――立ち読み

文: 深緑 野分

電子版24号

「別冊文藝春秋 電子版24号」(文藝春秋 編)

「もうかれこれ一時間以上は経ってる。僕らもとんだとばっちりさ」

 私はドクの話を最後まで聞かず、人を押しのけてコンポジットルームに近づこうとした。ざわめきの中に口論の声が混じって聞こえてくる――たぶんリウとメグミだ。ふたりとも相当頭に来ているようで、口調にとげがある。

「――じゃあ、私たちの仕事は納期に間に合わなくても良いって言うんですか? そんなの、リンクスにとってもまずいじゃない!」

「コンポジットルーム利用のスケジューリング手続きが変わったなんて、こっちは初耳だぞ。卑怯な手を使いやがって」

 すると聞き覚えのない冷ややかな声が返ってきた。

「卑怯な手って、だから説明しているだろう。納期に間に合うまでには返す。二日あれば充分だろ。文句なら手続きの変更を知らせなかったSVに言えよ」

「ジェイソンが不在の時に決めたんじゃねえか!」

 リウの怒声が響き、ざわめきがしんと静まりかえる。これで相手が言い負かされるといいのに、と思ったけれど、そうはならなかった。誰もが聞き耳を立てる部屋を、冷たい声が鋭く貫く。

「時間をかけすぎなんだよ。君らが担当してるのはたった一体のクリーチャーじゃないか。こっちは映画一本分のVFXを任されているんだぞ」

 私は踵を返し、後ろでリウが相手に摑みかかっているらしい気配を感じながら、怒号と、止めに入ろうとする人たちをかきわけて、流れに逆らう。来た道を戻ってエレベーターの上ボタンを押し、チンと軽い音を立てて開くドアの中へ飛び込んだ。その時、閉まりかけたドアが押さえつけられ、箱ががくんと揺れた。

「ユージーン。ヒメネス」

 人が多すぎて気づかなかったけれど、ふたりもこのフロアにいたらしい。いつもより緊張した面持ちで、エレベーターに乗ってくる。私は何も言わなかったけれど、ユージーンは五階のボタンを押した。モーの社長室があるフロアだ。ドアが閉まり、静かになる。

「……まさかこんなひどいことになってるなんて」

 私の声は自分でも驚くほどかすれていた。ここまでがんばったのに、もしかしたら“X”を完成させられないかもしれないなんて。

 コンポジットは、ざっくり言えば合成のことを指す。合成というと、煙と人間を組み合わせてあたかも同じ場所で写したかのように見せる心霊写真とか、はめ込み画像とか、そういうものを想像する。そういったものは一般に時代遅れやチープな技術と考えられがちだけど、CGでも実は似たようなことをやっているのだ。たとえば煙幕のエフェクトや、ライティング、アニメーション、色彩調整、そういった諸々を合わせるのは、合成と同じ。その上で更に無駄な部分を省いていくのがコンポジットの役割だ。つまりそれぞれのアーティストががんばって作り上げたものを束ねる作業――もしそれが中途半端な作業で終わってしまったら最悪だ。それに、レンダリング、すなわち出力にかかる時間を削るために、解像度を下げる必要だってあるかもしれない。

 するとユージーンが私の肩を叩いた。

「大丈夫、一日二日程度は納期も延ばせるだろう。モーが僕らを妨害するんだって、さすがに長くはやれないさ。“X”は完璧な形で世に出せる」

「でも!」

 つい語気が強くなってしまい、ユージーンが少し驚いたように目を見開いた。後ろで頭をぼりぼり搔いていたヒメネスが言う。

「社長を一発殴ってやりたいんだろ? ヴィヴは」

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版24号文藝春秋・編

発売日:2019年02月20日


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