前回までのあらすじ
ヴィヴは、映画やCMのCGやVFX(視覚効果)の制作スタジオ「リンクス」で働くCGアーティストだ。ある日、憧れのポサダ監督の新作映画への参加が決まり、同僚のメグミ、先輩社員のリウ、ユージーンとともに準備に入る。しかし、どうにも監督の理想が摑めない。手掛かりを知る筈のモー社長はなぜか口を閉ざし、追い詰められたヴィヴは強引な手段に出て、社長の不興を買ってしまう。しかし一方で、監督が目指すクリーチャーの輪郭を摑むことには成功し、地下一階にあるエンジニアの巣窟に潜り込んで制作に没頭。ようやく完成形を関係者の前で披露するところまで漕ぎ付けた。ところが、試写を見た美術監督は「全体的に平凡」と指摘。プライドを懸け、全アイデアを注ぎ込んでその要望に応えたヴィヴたちだったが……。
十五 ヴィヴ、ロンドン、二〇一五年
もはやなりふり構っていられなかった。
買おうとしていたトマトやら何やらを入れた買い物かごは床に落ちたままだが、私はテスコを飛び出した。置き去りの買い物かごの中身はきっと、店員の誰かが元に戻してくれるか、客の誰かが買ってくれるだろう。何でもいい、とにかく急いでリンクスへ戻らなければ。
数ヶ月間ずっと、頭を悩ませていたCGクリーチャーの“X”がやっと私の手を離れ、間もなく完成するというこの段階になって、コンポジット・ライティングルームが他のチームに占拠されてしまい、作業が滞っているとメグミから連絡があった。納期は三日後。コンポジットを終えた後のレンダリングには一日以上時間がかかるはずで、今済ませてしまわなければとても間に合わない。
明らかに妨害だ。こんなことをするのはあいつしかいない。
腹が立って頭から火が出そうになりながら、私はロンドンの街を駆けた。
リンクスのドアを開け、窓口に突進する。受付でいつものようにテレビを見ていたミスター・カプールは私を見るなり怪訝な顔をしてガラス窓を開けた。
「爆弾でも持ってきたみたいな形相だな」
「うるさい、こっちは冗談に付き合ってる場合じゃないの」
怒りにまかせて「早くここを通せ!」と前のめりになるのを堪え、私は息を吸った。地下活動からは解放されたものの、私はまだ“X”に関わることを許されていない状態だ。下手な発言をすればたちまち追い出されてしまう。
「……忘れ物しちゃって。両親にあげるプレゼントを仕事場に置いてきちゃったんだ。取りに戻ってもいい?」