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翌日の午後、姫野たちは、畑中と共に県警本部の研修室に戻った。
「姫野、ご苦労だったな」
畑中が言う。
「業務を遂行したまでです」
姫野が謙遜する。
「でも、びっくりしました。他の人にはまったく話す素振りすら見せなかったのに、総代には素直に話すなんて」
美穂が言う。
「そういえば、先生は途中で“落ちたも同然”と言って退室されましたよね。ポイントはどこだったんですか?」
三浦が訊く。
「わからなかったか?」
「なんとなくはわかるのですが、はっきりこうという理由が言葉になりません」
「何かを感じているというのはいいことだ。それを言葉にすることで、感覚を具体的に理解できる。おまえはどう思った?」
美穂に目を向ける。
「私もなんとなくは感じているんですが、どこを捉えればいいのか……」
「姫野、おまえはどう感じた?」
畑中は姫野を見やった。
「僕は懸命に彼に問いかけただけで、雑談を続けていたら、気づけば彼の方から供述していたという感じでした」
「頼りないな、おまえら」
畑中は苦笑した。
「俺が大丈夫と踏んだポイントは、雑談が始まり、途中で黒木が姫野に体をまっすぐ向けたからだ。状況にもよるが、雑談で笑いがこぼれ、相手が正対すれば、十中八九供述を始める。相手が取り調べをしている警察官を信頼している証拠だからな」
「しかし、先生は僕や菊池さんではなく、初めから姫野総代に行かせましたよね? そう判断したポイントは?」
三浦が訊いた。
「現場にいた御手洗さんから、窓を破って飛び出した黒木を、姉と共に助けたと聞いた。黒木はともかく、黒木の姉は少なくとも姫野に信頼を寄せただろう。唯一の身内である姉が信頼した相手なら、黒木が口を割る可能性も大きいと踏んだ。ヤツは、俺や矢野の調べには返事すらしなかったからな。口を開くとすれば、逮捕前に言葉を交わした姫野以外には考えられなかった」
「僕らには可能性がなかったということですか?」
「時間が経てば、状況も変わる。三浦や菊池にまったく可能性がなかったわけではない。取り調べを続ける中で信頼関係を築けばいいからな。ただ、送検までは四十八時間しかないので、悠長に構えているわけにもいかない。逮捕後、供述を引き出す場合、より迅速に聴取できる者を選び、充てることが鉄則だ。今回は総合的に判断して、姫野が適任だったというわけだ。取り調べの際は、自分が逮捕しても、総合判断で他の者の方が可能性が高いなら、そいつに預けることも重要だ。手柄なんてものに縛られて、自分一人で処理しようとして十分な供述が取れず、不起訴になることが最もくだらん話だからな。覚えておくといい」
畑中は三人の顔を見回しながら、話した。
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