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澤田瞳子さんが選ぶ10冊【猫小説傑作選】

文: 澤田 瞳子

表紙にもいろんな表情の猫がたくさん

猫をこよなく愛する作家が出会ったかけがえのない猫と飼い主たちとの物語。

小池真理子『柩の中の猫』

小池真理子『柩の中の猫』

 猫好きの読者はおそらく、主人公・雅代の家に野良猫が迷い込む冒頭数ページを読んだだけで、この作品にれる猫への繊細な愛情に気づくであろう。牛乳、ハム、煮干し、と与えられる食物を飢えた猫が次々平らげる場面は、ただの猫の食事シーンでありながら、ガラス細工のような美しさに満ちている。

 愛猫・ララだけに心を開く少女と、彼らを取り巻く大人たちの愚かさを描いた本作は、ポール・ギャリコの『トマシーナ』を思わせる設定でありながら、その物語は『トマシーナ』とはまるで正反対の展開を見せる。

「孤独なつがいの小鳥のよう」に、麦畑で遊ぶララと少女。この世に彼らしか存在しないかの如く身を寄せ合う彼らは一枚の絵のように典雅で、残酷である。そして我々はその優婉たる美に魅せられるあまり、まるでこの小説そのものが一匹の「猫」であるかのような錯覚すら抱くのである。

平出隆『猫の客』

平出隆『猫の客』

 主人公とその妻が暮らす借家の隣家に飼われている猫、チビ。まさに「猫の客」として主人公の家に出入りするチビは、猫ならではの静謐さを常にまとい、昭和から平成へと激しく推移する時代の中で、そこだけぽつんと置き忘れられた夫婦の暮しにそっと寄り添う。

 自らの飼い猫でないがゆえの距離感と、それでもなお心に芽生える愛情。そんなひそやかな、手をふれないようにさえしていた猫との日々は、ある日、突然の断絶を迎えるが、夫婦の暮らしはそれからもなお不思議なしなやかさと、猫の微かな息遣いを思わせる生々しさに守られながら過ぎてゆく。

 決して猫が大活躍をするわけでも、猫を巡る華々しい物語が展開するわけでもない。だがすべての猫好きが、ああ、と羨望のため息をつくであろう、平凡で静かな「猫のいる暮らし」が、ここには確実に存在する。

猫は仕事人高橋由太

定価:本体610円+税発売日:2014年11月07日


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