Give that to him! Give that to him!(そんなもん、そいつに渡せ! そいつに渡せ!)
そして、手を取り、輪のなかに誘う。私が照れながら彼と両手をつないで踊り出すと、ホームから一斉(いっせい)に歓声と拍手がわき起こる。くるりと回るように彼がリードするのに、私はそれが読めず、タイミングがずれる。ホームの脇で男が、不ぞろいの白い歯を見せて愉快(ゆかい)そうに笑っている。私は恥ずかしくて、しばらくして輪から外れた。
皆が踊り終わると再び歓声と拍手がわき、私と踊った男の人が笑顔で足早に立ち去っていく。
That's New York!(これがニューヨークだよな!)と叫びながら。
ほんの十分ほどのできごとだった。
マンハッタンの川辺で私が夫を撮ろうとすると、目の前にいる見知らぬ黒人の女性も写真に入ってしまう。あなたも写っちゃうけど、いい? と声をかけると、にかっと笑った。そのあと彼女が叫んだ言葉と、さっそうと去っていくさまを私は忘れない。
静かな電車のなかで、私がかむガムが大きな音を立てて弾(はじ)け、思わず首をすくめたとき、前にすわっていた男の人。美術館で大好きなブリューゲルの絵を見つめていたとき、後ろにたたずんでいた異国の青年──。
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