本書は、岡田光世さんのベストセラー“ニューヨークの魔法”シリーズ第六弾である。岡田さんのエッセイの妙味は、ニューヨークで出会った人、場所、さりげない出来事をすくい上げ、軽やかな筆致で、文字通り、ショート・ショート風のマジックに仕立てあげると同時に、ちょっと気の利いた英語の表現も学べる、というお得感にある。ニューヨークの光と温度を切り取ったような写真もうまい。
岡田さんの長いニューヨーク歴に比べると、私のニューヨーク生活は全然年季が浅い。地下鉄の車内放送が聞き取れるなんて、筋金入りの英語力だ。私には皆目わからない。しかも元来出不精の私は、大学とアパートと近所のデュアン・リード(ニューヨークの街角ごとにあるドラッグストア)、あわせて一辺百メートル四方くらいの地域に引きこもりがちなので、この街についての情報量も経験値も断然低い。岡田さんの本を読んで、教えられること、うなずかされることは多々あれど、「解説」というような大それたものは到底書けそうもない。
ただ、こんな風には言えるかもしれない。岡田さんも随所で触れているように、ニューヨークはある意味でとても公平な街。何十年も暮らしている人に対しても、今日、到着した人に対しても、いちいち前置きや過去を問うことなく、今どうしたいのか、これからどこへ行きたいのか(だけ)をもって接してくれる。さっき初めて会った人同士でも旧来の友人みたいに話すことができる。それがニューヨーク。だから私も臆せず、私のニューヨークを少しだけ話してみよう。この街が私にどう接してくれたかを。
その上で、岡田さんのニューヨーク・ストーリーは、なぜかくも次から次へと話題がつきないのか、つまりどうして“ニューヨークの魔法”は永遠にとけることがないのか、という岡田エッセイ最大(!)の謎に迫ってみたい。
そういえば、先ほど来た知人からのメールの書き出しはこうだった。
Is New York treating you well? ニューヨークは気持ちよく接してくれているかい?(これまた岡田さんを真似して、英語表現を入れてみました。)
私が最初にこの街に来たのは一九八八年の初夏。岡田さんがニューヨークに住み始めたのは一九八五年とあるので、それよりも少しあとのことだ。なぜかニューヨークに集まってきた人々は自分がこの街に来たときのことをよく覚えている。その瞬間、自分の中の何かが変わるからだ。
私は、駆け出しの研究者の卵として、ロックフェラー大学というところに修行にきた。ロックフェラーというと、ああ、あのスケートリンクや巨大なクリスマスツリーが立つところですよね、と返ってくることがあるが、それはミッドタウンの中心部にある有名なロックフェラー・センター。私の大学は、同じくロックフェラー財閥の寄付によって二十世紀始めに設立されたが、アッパーイーストサイド、イースト川沿いにこじんまりとしたキャンパスがある。道行く人も、こんなところに生命科学に特化した大学があるなんて気づかないほどだ。かの野口英世が梅毒や黄熱病の研究をしていた場所でもある。
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