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【冒頭立ち読み】『平成くん、さようなら』(古市憲寿 著) #2

ジャンル : #小説

平成くん、さようなら

古市憲寿

平成くん、さようなら

古市憲寿

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『平成くん、さようなら』(古市憲寿 著)

 それは創作の世界でも同じだよ。むしろ、創作の世界ほどその傾向は顕著かも知れない。ゲーテが『若きウェルテルの悩み』を書いたのが25歳、ウォルト・ディズニーがミッキーマウスを生み出したのは27歳。ZOZOTOWNの前澤さんが123億で落札して話題になったバスキアも、27歳で死んだアーティストだよね。日本でも、若い時に書いたデビュー作が最も話題になったという作家は多い。宮崎駿も、創作的人生の持ち時間は10年だと言っていた。僕はまだデビューしてから10年は経っていないけれど、もうほとんど持ち時間を使ってしまったという確信があるんだ。本当ならどんどん文章はうまくなって、テレビや講演での話しぶりはもっと上達しないといけないのに、最近は僕が僕自身のことを少しも面白いと思えない」

 彼の話を聞きながら、Galaxy Noteで好きな作品のことを調べていた。藤子・F・不二雄が『ドラえもん』の連載を始めたのは36歳、新海誠が『君の名は。』を発表したのは43歳、宮崎駿が『千と千尋の神隠し』を公開したのは60歳。平成くんの主張を覆すような例はいくらでも見つかった。だけど言い返すのは、彼が話を終えてからにしよう。

 平成くんの手元を見ると、思った通り魚料理には一口も手をつけていない。新しく運ばれてきた肉料理が、そのまま隣に置かれる。彼が滔々(とうとう)と話すのに気を遣って、サーバーは料理の説明を飛ばしてくれた。燻製された鴨に、ポテトのクリームが添えられたメインディッシュは、彼でも食べられるだろう。

「これはきっかけの一つに過ぎないんだけど、もうすぐ平成が終わるでしょ」

 2016年8月8日、「象徴としてのお務めについて」というビデオメッセージが公開され、平成という時代が終わることが決まった。報道によれば、平成は2019年4月30日をもって終了し、5月1日から新しい元号の使用が開始されるという。譲位のニュースが世間を賑わせていた頃、冗談で「平成くんの時代も終わっちゃうね」と言ったことがある。彼は「どうせいつか終わるんだったら、あらかじめその時期がわかるだけラッキーじゃないかな」と笑っていたはずだ。

「あと一年くらいで平成が終わるということもあって、最近の僕は忙しい。平成を振り返るテレビ番組や出版物が多いからね。平成代表の面目躍如だと思って、依頼はできる限り引き受けるようにしている。でも、平成が終わった瞬間から、僕は間違いなく古い人間になってしまう。もちろん、急に仕事がなくなることはないと思うよ。僕はそれなりに文章が書けるし、そこそこ面白い話ならできる。僕のことを好いてくれる人も、少なくはない。だけどもはや、新しい人ではなくなる。時代を背負った人間は、必ず古くなっちゃうんだよ。小沢健二の新曲、愛ちゃんも聞いたでしょ?」

単行本
平成くん、さようなら
古市憲寿

定価:1,540円(税込)発売日:2018年11月09日

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