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【冒頭立ち読み】『平成くん、さようなら』(古市憲寿 著) #2

文: 古市 憲寿

平成最後の日と令和最初の日の2回にわけて『平成くん、さようなら』の冒頭をお届けします。

『平成くん、さようなら』(古市憲寿 著)

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 平成くんが考えを巡らせているうちに、次の料理が運ばれてきた。ブレイズされた金目鯛に、炭火焼きのピーマンとエリンギのフライが添えられている。ピーマンとエリンギはもちろん、確か彼は金目鯛もそれほど好きではなかったはずだ。この料理にどんな反応をするのだろうと楽しみにしていると、彼はおもむろに話し出した。

「僕はもう、終わった人間だと思うんだ」

 案の定、彼は凡庸である上に、わかりにくい話を始めた。それを指摘しても決して怒りはしないだろうが、話の腰を折るような真似は止めた。同時に私は少し期待し始めていた。彼はとんでもなく見当違いな推論を重ねて、安楽死をするという結論にたどり着いたのではないか、と。「終わった人間」って何だよ。島耕作の脇役みたいな台詞を言いやがって。

「控えめに言っても、僕はラッキーだったと思うんだ。この名前のおかげで、若い時から社会の注目を浴びることができた。明らかに、実力以上にスポットライトを当てられ続けてきた。その分、努力もしてきたつもりだよ。少しでも時間が空けば、ジャンルを問わずに本を読んだり、階層や世代を問わずとにかくたくさんの人と会うようにしてきた。とにかく最新の人でありたかったんだ。その試みは、ある程度の成功は収めてきたと思う。いくつかの本は売れたし、最近では脚本の仕事もうまくいっている。だけど、ふと考えてしまったんだ。僕に未来はあるのかって」

 お皿の底面には海苔で渦巻きのような文様が描かれていたので、切り分けた金目鯛に塗りつける。赤みを残した金目鯛のブレイズが、ほんのりと緑がかる。魚に癖がない分だけ、海苔の味がやけに舌に残った。

「僕は今のところ、すごく健康だし、平均寿命の伸びを考えれば、あと70年ほど生きてもおかしくない。だけど、その70年でこれまでの30年以上の何かを残せるかというと、はなはだ疑問だと思ったんだ。

 なかなかメディアでは言えないけれど、IQと年齢は逆相関するという説がある。平均的に考えてみると、20代前半でIQ100だった人は、30代半ばでIQが95を切り、50代半ばまでには90を下回り、70代になると何と80を切ってしまう。実際、天才と呼ばれる人の成果も、彼らが20代の時に集中している。科学史のみならず、人類が持つ世界像を変えた天才にニュートンとアインシュタインがいるけれど、ニュートンが万有引力の法則を発見したのは24歳。アインシュタインが相対性理論を発表したのも、26歳。最近ではノーベル賞の高齢化が話題になっているけれど、それでもアイディア自体は、受賞者が若い時に思いついたものが多い。

平成くん、さようなら古市憲寿

定価:本体1,400円+税発売日:2018年11月09日


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