世界は、我々が意識・無意識裡に祈り、願望したことが起きた出来事で充ちている。しかし、それを神の仕業(しわざ)として安らいでいる。
毎日、失なわれていくこよみさんの記憶は、失なうのではなく〈僕〉に簒奪(さんだつ)されるのだ。
(こよみさんは)安心して、一日一日を新しく生きていけばいいんだ。こよみさんの中に残っていかなくても、僕の中に残していければ、少しはましじゃない?
〈僕〉は遂に、こよみさんを〈僕〉の部屋に引越しさせる。これはまるで監禁のようである。
ある日、こよみさんは〈僕〉がブロッコリが嫌いだったことを忘れ、ブロッコリを茹でて、〈僕〉にしつこく叱責される。以来、こよみさんは一日一日を忘れないように、引出しや箱の中にメモを残す。でも、そのメモを入れたことも忘れてしまう。リスボンのエピソードがこうして反復・転調される。
こよみさんはたいやき屋を再開する。ある日、こよみさんがヤクザめいた男たちにからまれて、「僕の松葉杖に(男たちの)視線が集中するのがわかった」という場面で、しばらく鳴りをひそめていた松葉杖が登場する。この時、松葉杖は〈僕〉の空想の中で、男の頭に振り下ろされる銀色の杖に変貌する。
音楽的作品として、「静かな雨」は完璧だ。モチーフとエピソードの反復と対照、変奏によって、作品は我々を思いもよらない高みと深みへと誘(いざな)う。
こちらもおすすめ
プレゼント
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。