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「静かな雨」における二人の世界は〈僕〉の献身か。絶対支配か

「静かな雨」における二人の世界は〈僕〉の献身か。絶対支配か

文:辻原 登 (作家)

『静かな雨』(宮下奈都 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『静かな雨』(宮下奈都 著)

 世界は、我々が意識・無意識裡に祈り、願望したことが起きた出来事で充ちている。しかし、それを神の仕業(しわざ)として安らいでいる。

 毎日、失なわれていくこよみさんの記憶は、失なうのではなく〈僕〉に簒奪(さんだつ)されるのだ。

 

(こよみさんは)安心して、一日一日を新しく生きていけばいいんだ。こよみさんの中に残っていかなくても、僕の中に残していければ、少しはましじゃない?

 

〈僕〉は遂に、こよみさんを〈僕〉の部屋に引越しさせる。これはまるで監禁のようである。

 ある日、こよみさんは〈僕〉がブロッコリが嫌いだったことを忘れ、ブロッコリを茹でて、〈僕〉にしつこく叱責される。以来、こよみさんは一日一日を忘れないように、引出しや箱の中にメモを残す。でも、そのメモを入れたことも忘れてしまう。リスボンのエピソードがこうして反復・転調される。

 こよみさんはたいやき屋を再開する。ある日、こよみさんがヤクザめいた男たちにからまれて、「僕の松葉杖に(男たちの)視線が集中するのがわかった」という場面で、しばらく鳴りをひそめていた松葉杖が登場する。この時、松葉杖は〈僕〉の空想の中で、男の頭に振り下ろされる銀色の杖に変貌する。

 音楽的作品として、「静かな雨」は完璧だ。モチーフとエピソードの反復と対照、変奏によって、作品は我々を思いもよらない高みと深みへと誘(いざな)う。

文春文庫
静かな雨
宮下奈都

定価:616円(税込)発売日:2019年06月06日

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