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「静かな雨」における二人の世界は〈僕〉の献身か。絶対支配か

「静かな雨」における二人の世界は〈僕〉の献身か。絶対支配か

文:辻原 登 (作家)

『静かな雨』(宮下奈都 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『静かな雨』(宮下奈都 著)

 ──音楽形式は現在響いている音響のあり方としてのみ存在するのではなく、〈現在〉に至るまでの音響の過程(過去)への記憶と、〈未来〉への予感(辻原註・私はこれもまた記憶の一種だと思う)とによって成立している。つまり音楽は瞬時に過ぎる現在が、つねに過去・未来と結びつく空間的広がりをもっており、この音楽的時・空のうちに、緊張と弛緩、反復と対照など、ついに多様の統一に帰着する音楽形式が実現されるのである。

 

 “空間的広がり”とは小説形式そのものであり、それは“本”によって実現される。

 

 宮下奈都の作品は、常に記憶を巡って展開する。

 通いつめてすっかり親しくなったこよみさんが〈僕〉に語る印象的なエピソード。

 ──昔、家の中で放し飼いにしていたリスのリスボンは胡桃(くるみ)が大好きで、もったいないのか一口齧(かじ)ると、あとで食べようと色んなところに隠しておく。でも、隠したことを、隠した場所をすぐ忘れてしまう。リスボンが死んだあと、家のあちこちから食べかけの胡桃が出て来て、悲しかった、と。

 たいやき名人、こよみさんはきれいな人らしい。パチンコ通いのおじさん、ひねくれた男子高校生など、大勢の熱烈なファンがいる。だが、こよみさんって誰なのだろう? 歳は幾つで、なぜたった一人でパチンコ屋の駐輪場でたいやきの店を出しているのか。テキヤさんとの関係は? そんな背景はほとんど分からないまま、〈僕〉は惹き付けられていく。こよみさんのたいやきはおいしい、誰にとってもおいしい、おいしさは力だ。永遠だ、とまでは言ってないが、そんな調子だ。

文春文庫
静かな雨
宮下奈都

定価:616円(税込)発売日:2019年06月06日

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