書評

複雑な筋立てと世話物狂言的面白さ。高齢化日本へのヒントも与えてくれる捕物帳

文: 末國善己 (文藝評論家)

『縁は異なもの 麴町常楽庵 月並の記』(松井今朝子 著)

『縁は異なもの 麴町常楽庵 月並の記』(松井今朝子 著)

 髪切り事件と並行して、志乃の寺子屋に通う塗物問屋の娘おつねの縁談が描かれていく。実の親子ながら母親と折り合いが悪く、店に出入りしていた職人と話をしていただけで怒られた経験もあるおつねは、まだ結婚は早いとの想いも強いだけに、自分の縁談は厄介払いだと考えていた。おつねと仲がいいおきしは、二人で話をしている時に怪しい男を目撃。男が常楽庵の近くに現れたことから、髪切りの犯人だと疑う。

 髪切りとおつねの縁談の接点から見えてくるのは、結婚話が進むと、実家を出ることを迫られたり、寺子屋を去り、家業の手伝いも禁じられ、ただ奥向きの仕事のみに専念することを求められたりと、女性だけが苦労を強いられる姿である。結婚、妊娠、出産といった人生の節目になると、女性だけが家庭か仕事かといった難しい選択をしなければならない状況は現代も変わっていないので、おつねの葛藤には共感する女性も多いのではないか。著者は、このテーマを『奴の小万と呼ばれた女』や『家、家にあらず』でも描いており、深い関心を寄せていることがうかがえる。

 最終話にして表題作の「縁は異なもの」は、本書収録の他の三作とは違って中編の長さがあり、これまで隠されていた志乃の過去、そして北町奉行・小田切直年との関係がついに明かされる重要な作品にもなっている。

 小田切の役宅に呼ばれた仁八郎は、まだ妻女がいないのかと問われる。そこから小田切は、かつて同僚だった建部伊織のこと、志乃と伊織、そして小田切の縁を話す。

縁は異なもの松井今朝子

定価:本体730円+税発売日:2019年06月06日

老いの入舞い松井今朝子

定価:本体780円+税発売日:2016年07月08日


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