前回までのあらすじ
友人の伝手で智雲寺で働くことになった高井は、横浜から通ってくる伊能志保子の美しさに惹かれる。しかし、高井は志保子が宿坊で全裸になり、海照阿闍梨から秘儀を授けられていると知る。その様子を盗撮カメラで見ていた高井だが、阿闍梨の密息が窓から二人を覗き見ているのを発見! ところが密息は翌日、うわ言を呟きながら、病院へ運ばれてしまう。そんなある夜、海照阿闍梨と志保子がこもっていた洞灯院から激しい火の手があがる。海照阿闍梨は院の外へ逃げ出していたが、志保子は洞灯院の中に! 高井は無我夢中で燃え盛る部屋の中に入り、志保子を助け出す。後日、火事は入院していた密息による放火が原因だと判明。そして、志保子にも大きな変化が……。
まだ日の出ない奥多摩の早朝は、三月も下旬とはいえ、やはり冷え込んでおります。
吐く息が白熱電灯の光で白く渦を巻くほどですが、護摩木小屋の中の朦朧とした白さは、むしろ修行僧たちのオレンジ色に似た木欄色の作務衣から立ち上る熱のせいです。いつもの藍や黒色の作務衣ではなく、木欄色のものを着ているのは、今日の八千枚護摩供結願の座のためです。
口の中も、含香といいますが、丁子を乾燥させたものを含んで清めなければなりません。仁丹を噛み潰したような強い香りと味が舌をわずかに痺れさせますが、やはり口から喉、食道、胃へと、薬草の香りが染み入って、体の中が澄むような心地がします。
「これ、ちょっと、紐ゆるいわ。もうちょい締めて」
「一本、ねじ込んどけば、ちょうどいいんじゃね?」
「だめだめ、一束百本。間違えたら大ごとだぞ」
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