別冊文藝春秋

『あじゃりあじゃらか』藤沢周――立ち読み

文: 藤沢 周

電子版26号

「別冊文藝春秋 電子版26号」(文藝春秋 編)

 私たちも乳木の束を縛ったり、小屋から運び出す作業をいったんやめて、目を閉じ、姿勢を正して合掌します。加行一四日間、正行七日間、五穀や塩を断って、一日三座の護摩焚きをやり続けた義栄阿闍梨が、金堂の護摩壇に座ったのでしょう。

 智雲寺の山全体に結界を張るように法螺貝の音が谺して、こちらの体の中まで澄むようです。西照さんも顎の下にやっていた覆子を口元に上げ、雲則さんも頭に巻いていた手拭を取りました。これからは、黙々と厳粛に作業を進めなければなりません。

 法楽太鼓の音も聞こえ出しました。式衆として集まった阿闍梨たちの不動明王真言をリードするように鳴らす太鼓。最初にバチを持ったのはどなたでしょうか。リズムはもちろん同じですが、寺や地方によって叩き方がそれぞれ違うのです。祭囃子のように叩く僧もいれば、裏拍というのでしょうか、ロックのドラマーのように叩く僧もいます。さすがに、段木に火がついたばかりでしょうから、最初に聞こえてくる太鼓の音は、今回の八千枚護摩供結願の基調となるシンプルな五拍子の太鼓のようです。

 護摩木小屋から金堂までリレー式に、乳木の束を運び出すうちに、西照さんが手渡しながら、覆子の下で小さな声で囁いてきました。

「慈念さん。往復するの大変でしょうから、金堂の方で護摩木台の方、お願いします」

「いや、そんなお気遣いなく。大丈夫ですから」

「つうか、あいつら、護摩木台に並べさせると、雑で……。また後で、瞑海大僧正に怒られちゃうんで」と、覆子の上の目が笑っていました。

 もちろん、西照さんは優しさで言ってくれているのです。きっと、こういう修行僧がのちには偉い阿闍梨になるのだろうと思います。私はネット包帯の頭を下げて、そのまま乳木の束を両手にぶらさげて、金堂の方へと向かいました。

 金堂に近づくたびに、法楽太鼓とともに幾重にも重なる不動明王真言読誦読経の声が聞こえてきました。


別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版26号文藝春秋・編

発売日:2019年06月20日


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