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占領、偽史、ユダヤ──『Orga(ni)sm』読解の糸口として【作品論】<阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ>

占領、偽史、ユダヤ──『Orga(ni)sm』読解の糸口として【作品論】<阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ>

文:大和田俊之

文學界10月号

出典 : #文學界

『オーガ(ニ)ズム』(阿部和重 著)

 映画は、実際に現実と虚構の境界を滲ませてきた。たとえば南北戦争後のアメリカ南部に台頭し、1870年代にその活動が司法によって取り締まられた合衆国最大のカルト集団クー・クラックス・クランは1920年代にその勢力をふたたび拡大するが、それは1915年に公開されたD・W・グリフィス監督の映画『國民の創生』の影響が大きいことが明らかになっている。もともと十字架を燃やす行為はグリフィスが映画の演出として編み出したもので、クー・クラックス・クランはこの作品を見て儀式に取り入れたという。ここには現実が虚構を模倣する映画のグロテスクな特質が現れており、ファンタスティックかつ偽史的な小説ジャンルである南部ゴシック同様、現実と空想が入り乱れる「南部=日本的」な表現様式を見いだすことができるだろう。

 最後に、映画というメディアとも関連するひとりの登場人物に注目したい。『Orga(ni)sm』の主役ともいえるCIAの諜報員ラリー・タイテルバウムは、ユダヤ系アメリカ人でブランダイス大学の卒業生という設定である。ブランダイス大学はハーバード大学にほど近いマサチューセッツ州ウォルサム市に位置する私立大学であり、1948年にユダヤ系コミュニティーによって設立された。20世紀初頭にユダヤ系最初の最高裁判事に任命されたルイス・ブランダイスに因んで名付けられ、アメリカ合衆国の中でもユダヤ系屈指の名門大学として知られている。

 こうしてユダヤ系という民族性が強調されるラリーは「顔の下はんぶんをおおう鬱蒼たる髭」をたくわえた人物として形容されるが、そうであれば彼が別の登場人物である「阿部和重」とともに新首都の神町へと向かう直前に髭を剃る場面にはそれなりの意味を読み取ることが許されるだろう。正統派ユダヤ教徒にとって剃毛が固く禁じられていることを鑑みれば(とはいえ、ブランダイス大学はユダヤ教の教義に基づいた教育がなされるわけではなく多くの宗教に開かれている)、ここでラリーがユダヤ系というアイデンティティーを捨てたと解釈することはそれほど不自然ではない。興味深いのは、一度髭を剃り、最初の頃は「幻影《髭》にでも惑わされてい」たラリーの顎に「うっすら髭が伸びてきて」、やがて「阿部和重」に気づかれるほど「黒々と伸びだして」くる点である。物語の最後でラリーはふたたび「髭面米国紳士」と記載されるので、『Orga(ni)sm』はユダヤ系アメリカ人スパイが髭を剃り、諜報活動を通じてまた髭が生えそろうまでの物語として読むことができるだろう。ナラティブの構造上、髭を剃る=民族的アイデンティティーを喪失することが、登場人物の意識がアヤメメソッドの影響下にあることと並行しているのが示唆的だが、では物語の最後にふたたび髭を生やし、正気に戻ったラリーが「阿部和重」とともに文字通り「映画的な」クライマックスを迎えるラストは、登場人物のアイデンティティー=自己同一性が再構築された場面として解釈して良いのだろうか。

文學界 10月号

2019年10月号 / 9月6日発売
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単行本
オーガ(ニ)ズム
阿部和重

定価:2,640円(税込)発売日:2019年09月26日

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