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『Orga(ni)sm』キーワードをめぐるよもやま話 #1

『Orga(ni)sm』キーワードをめぐるよもやま話 #1

サイモン辻本(辻本力) ,ガーファンクル(編集部)

文學界10月号 <阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ>

出典 : #文學界

 S あと『Orga(ni)sm』に「トム少佐」って言葉が出てくるけど、これはボウイが「スペイス・オディティ」で作ったキャラで、彼が宇宙に行ってそのまま帰れなくなっちゃうというストーリーだった。これには続きがあって、「アッシュズ・トゥ・アッシュズ」という曲にトム少佐は再び登場するんだけど、実は麻薬中毒者だったことが判明するという展開で。

 G    すべてジャンキーの妄想だった! 「シン・ホワイト・デューク」期のアルバムといえば『ステイション・トゥ・ステイション』だけど、その前年にはアルバム『ヤング・アメリカン』を出してたよね。この頃のボウイはソウル・ミュージックに傾倒してて、白人によるソウルは「プラスティック・ソウル」っていわれてた。さらにいえば、かつて阿部さんは『プラスティック・ソウル』ってタイトルの小説を書いているんだよね。

 S どんどん繋がるなぁ。そしてもう一人、阿部さんにとって超重要な音楽家といえばプリンス。頻度こそ少ないものの、『Orga(ni)sm』の最後には、彼が初期のアルバムのクレジットに必ず入れていた「May U live 2 see the Dawn」って言葉が添えられてる。

 G 思い返してみれば、『シンセミア』の第六部「The Everlasting Now」もプリンスの曲名だし。もっといえば、神町サーガ全体にプリンス的な在り方が重ねられている気がするのよ。ほら、プリンスって性的に曖昧で両性具有的なところがあるじゃない? その観点からサーガを見ていくと、一作目『シンセミア』には「種無しの」という意味があって、男性原理的な物語だった。二作目の『ピストルズ』には「雌しべ」という意味があって、女性的な物語だった。そして『Orga(ni)sm』には、前二作の融合みたいなイメージがある。男女の融合、すなわちプリンス!

 S なるほど! 実際『Orga(ni)sm』には、「There are pistils, but no seed」っていう、前二作を合体させたようなフレーズも登場するし。それにプリンスって、一時「プリンス」って名前をやめて、シンボルマーク表記になった時があったよね。「(※1)」ってやつ。あれも男女のシンボルマークの掛け合わせだった。

(※1)

オバマのipodプレイリスト

 S ローリング・ストーンズの「ギミー・シェルター」と、ボブ・ディランの「マギーズ・ファーム」も忘れちゃいけないね。これらはオバマ大統領のipodプレイリストに入っていた曲で、小説内に「バラク・オバマのipodプレイリストを入手」という実在するネット記事が引用されてた。

ローリング・ストーンズ
『レット・イット・ブリード』
(USMジャパン)
(「ギミー・シェルター」収録)

 G つまり、実際にオバマが聴いていた曲ってことね。この虚実入り混じる構造も『Orga(ni)sm』の醍醐味だな。オバマが、前者の「War, children It's just a shot away=戦争だ、子供たちよ 目前に迫る」ってフレーズが好きだっていう言及は重要。まさに戦争がすぐそこまで来てるってことで、小説の緊迫感に直結してる感じがあった。この曲の「シェルター」って、核シェルターって意味にも取れるし。

 S 小説で阿部和重とラリーは、核爆弾入りのスーツケースを追って神町入りするわけだもんね。

 G 六〇年代は、米露の冷戦時代でキューバ危機とかもあって核の脅威が身近だった。まあ、この曲自体はベトナム戦争をテーマにしていたようだけど。現在もいろいろと政治情勢はきな臭いわけで、この曲も現代にそのままトレースできちゃう。あと、この曲が入っているアルバムのタイトルが『Let It Bleed』っていうのもいいよね。血まみれのラリーの存在を思わせる。

 S 小説で取り上げられている曲からさらに収録されているアルバムへと目を向けると、そっちに面白いキーワードが隠されていたりするケースもたくさんあるよね。例えばカーティス・メイフィールドの「ソー・イン・ラヴ」が出てくるけど、これは七五年のアルバム『There’s No Place Like America Today』に収録されてる曲。これは、小説内で重要な意味を持つ映画『オズの魔法使』のセリフ「There's no place like home」(我が家にまさる所はない)に引っ掛けられてるのは明らかでしょ。

カーティス・メイフィールド
『ゼアズ・ノー・プレイス・ライク・アメリカ・トゥデイ』
(ビクターエンタテインメント)
(「ソー・イン・ラヴ」収録)

 G ちなみに『オズの魔法使』はドラッグ映画の名作でもあるよね。映像が極彩色で超ドラッギーだし、主演のジュディ・ガーランドが覚せい剤キメまくりながら撮影してた話も有名だし。

 S カーティスのこのアルバムのジャケットには、「There’s No Place Like America Today」(アメリカにまさる所はない)という文章の添えられた白人家族の看板の下に、配給を待つ黒人たちが並んでいるイラストが使われてて。これは当然皮肉で、当時のアメリカの人種問題や黒人の貧困問題がテーマとして扱われていたわけだよね。

 ディランの「マギーズ・ファーム」も、「黒人」とはっきり言葉にはされてないものの、やっぱり黒人労働者の苦悩とおぼしき感情が歌われているプロテスト・ソングで。オバマはこの曲の「私は最善を尽くす、自分らしく在る為に でも皆が求めてくるのは私が奴らのようになることなんだ」というフレーズがいつも自分に語りかけてくると語ったそうだけど、心情吐露しまくりの発言だよね。

 G 確かに。黒人でありながら「ホワイトハウス」に入ったオバマの葛藤が現れているように思えるし、同時に、自分の意に沿わないまま諜報戦に参加させられてしまう『Orga(ni)sm』の主人公・阿部和重の心境や葛藤がこの曲に現れているようにも感じた。前述の「ミスター・ロンリー」の歌詞に、「Now I’m a soldier, a lonely soldier」ってフレーズがあったけど、家から遠く離れて、自分が望んだわけでもないのに戦わなきゃならない阿部和重の心情が歌に仮託されているところもたくさんあったね。

 S あと、オバマのプレイリストでいうと、ジャッキー・デシャノン世界は愛を求めている」に注目したい。この曲がプレイリストに加わった経緯に触れた記事も引用されているけど、こっちはフィクションで。記事曰く、オバマが訪日時に鎌倉大仏を再訪した直後に加わった――という説明があるけど、勧めたのはある日本人女性だったらしいと。ただ、これを実際に見た者は存在しない。

 G 思い返せばこの曲って『ピストルズ』のテーマ曲といっていい存在なんだよね。小説内に歌詞が引用されてるんだけど、つまり菖蒲(あやめ)みずきが「アヤメメソッド」という秘術を使う時に使う曲なの。

 S これを契機に術にかかるわけね。

 G 無害な感じの甘~いバラードなんだけど、アヤメメソッドは「愛の力」によって人をコントロールする妖術だから、「愛」を歌った曲が出てくる時は、近くに菖蒲ファミリーの影があると思っていいんじゃないかなって。さっきのカーティスの「ソー・イン・ラヴ」もそうだし、スリー・ディグリーズ&MFSB愛はメッセージ」とか。

 S カーペンターズもちらっと出てくるけど、あの兄妹デュオも甘くロマンチックな曲調に対して、お兄さんが睡眠薬中毒で妹は拒食症で死んだりと暗い背景があって、しかも近親相姦的なイメージで語られる存在だった。

 G ここにもドラッグ+血縁という、菖蒲ファミリー的なエッセンスを感じる。

 S 音楽的にはそれらと対照的だけど、黒装束の菖蒲四姉妹が佇む様子を描写する際に、ヘヴィメタル/ドゥーム・メタルの基本中の基本、ブラック・サバスの1stアルバム『黒い安息日』のカバー・アートへの言及もあった。

ブラック・サバス『黒い安息日』
(USMジャパン)

 G 古めかしい屋敷の前に黒装束の女が一人佇む不気味なジャケね。バンドの打ち出した黒魔術/悪魔主義のイメージを見事にビジュアル化してる。菖蒲ファミリーのオカルティックな雰囲気を表わすのにもぴったり。

 S イギリスの写真家、マーカス・キーフの作品ね。あ、そういえば、ボウイの『世界を売った男』のジャケもこの人だった!

>>#2へつづく

文學界 10月号

2019年10月号 / 9月6日発売
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単行本
オーガ(ニ)ズム
阿部和重

定価:2,640円(税込)発売日:2019年09月26日

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