『熱源』に描かれていたのは、まさにそんな私の下卑た印象を鮮やかに塗り替えてくれる、命の記録でした。
知らない事、学校では習わなかった事が、沢山ありました。(こういう事こそ、学校で習いたかったのに!)
歴史の教科書が、この『熱源』だったなら、私は民俗学を専攻していたに違いありません。そのくらいドラマチックで、壮大な物語の虜になりました。
人が人として、ただ生きる事が難しかった時代。
その時代の理不尽さと絶望の中で、諦めることなく、前を向き、自分の信じるものを貫き通した人々は、何て逞しく、格好いいんだろう!
彼らの発する一言一句に痺れ、目頭を熱くし、時に笑いながら(ここ凄い! ふっと笑える要素がたっぷりで飽きさせませんね!)夢中でページを捲りました。
これが小説で、物語だという事すら忘れ、彼らの傍観者として私も志を同じくして生きた、そんな濃密な時間でした。
それにしても川越さんは、どうしてこんな風に描けるんでしょう。
戦後の樺太生まれですか? と聞きたくなるほど、臨場感たっぷりに描かれているその筆致は驚くばかりです。
犬ぞりに乗って風を切る、頬を刺す痛みを体験したことがあるのか?
アイヌの女性の、その刺青を入れる現場に立ち会っていたのか?
樺太で行われたゲリラ戦の、木々の只中で息を殺していたのか?
真藤順丈さんが『宝島』を上梓された時のインタビューで、「沖縄には取材旅行で二回訪れた」と言うのを読んでのけぞったのを覚えています。二回行っただけで、何であの『宝島』が書けるのだと。
それと同じくらい、いや、それ以上に驚きました。想像力で、ここまで立体的で、肉厚なリアリティに迫れるものなのかと……。(しかも二作目って……呆然)
そして、これが実は一番の魅力なんじゃないかと思う程、一文一文が本当に素晴らしくて!
無駄なく磨き上げられ、血が通っているかのように脈打つ一文一文は、それ自体が一つの詩のようだし、それがラストまでずっと続くことの恐ろしさ……。
途中で思わず「ただ読んでいるだけでひたすら楽しい」とツイートしてしまいました。#今月の平台に「歌うように美しい筆致」と書いたのはこのためです。句読点すら美しい。これぞ、作家! 川越さんのすさまじさを思い知らされました。
全ての情景が頭の中にスルスルと築き上げられて、本当に大河ドラマを観ているかのようにその映像が流れていました。いやもう、本当に大河ドラマにして欲しいです。(難しいかも知れませんけど……)
思い余ってnoteまで書きました。
https://note.mu/honyanohomma/n/n44a5d0c9779a
「ただ人が、そこにいました」というブロニスワフの魂の演説は、きっと私の胸に“熱源”として燃え続けると思います。
とにかくすごいものを読んだ、読めて良かったという気持ちでいっぱいです。
今の社会情勢に必要なものが凝縮されている。このタイミングで、この物語が世に放たれた事は、きっと偶然じゃない、必然です。
どうして人は、こういう大切なものほど、簡単に忘れてしまいがちなのでしょうか。イペカラのように「人が始めた戦争は、人が終わらせる」と立ち上がる一人に、私もなりたい。(このセリフも身もだえするほどかっこよかったなぁ)
この物語が、一人でも多くの読者の“熱源”となる事を、願ってやみません。
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