歴史の流れに翻弄されつつ自らの「生」を全うした人々を描いた『天地に燦(さん)たり』で、昨年松本清張賞を受賞した川越宗一さん。最新作『熱源』の主人公は、山辺安之助というアイヌと、ポーランド人の民族学者・ブロニスワフ・ピウスツキ。明治維新後の樺太(サハリン)で、数奇な、そして情熱にあふれた人生を駆け抜けた二人の物語への熱い感動が全国の書店員さんから届いています。
久田かおりさん(精文館書店中島新町店)
アイヌ、ギリヤーク、日本人、ロシア人、ポーランド人、それぞれに命があり、それぞれに言葉があり、それぞれに文化がある。だけど、それぞれの「国」ってどこだろう。
住んでいるところが自分の国か? 同じ言葉を話すものが住むところが国か? 同じ国に別の言葉を話す人々がいるなら、そこは誰の国か?
生まれ育った場所。親がいて家族がいて、友がいて。だけどそこがある日無くなったら、突然そこを追い出されたら、その理不尽さに抗うことが正義か、飲み込まれなじみ失っていくのは悪か。
人が始めた争いは、人が終わらせることができる。だけどそれが「国」という単位になり、個々の顔が見えなくなったとき、それは人のチカラでは抑えることのできないものとなり、全てを奪い焼き尽くすまで続くことになる。何のために……理由も目的もわからないままただ人と人が憎しみ合い傷つけあう。「お国のため」? じゃあ、国は人を守ってくれるのか。
生まれ育ったところで、愛する人と幸せに暮らしたい、ただそれだけなのに。そのあまりの困難さを引き起こす「国」という存在の無慈悲さに寒気がする。
今、私は無性に知りたい。
アイヌのこと、樺太のこと、日本のこと、ロシアのこと、ポーランドのこと、そして戦争のこと。
私が今まで気付かずにいたかもしれない出会い。それを、この先誰かがきちんと受け取るために自分の言葉で伝えたいから。
だれも、だれのことも滅ぼすことなどできない。失うことも奪われることもない。それぞれの文化を受け止め理解しようと努める。生きている限り生きていく。
人類の尊厳のために。
40年の時を経てつながれた縁。
「もしあなたと私たちの子孫が出会うことがあれば、それがこの場にいる私たちの出会いのような、幸せなものでありますように」
この言葉が全てである。
いろんなことを考えながら読みました。
読みながらいろんなことを調べました。
画像や動画もたくさんみました。
この小説を読んで一番思ったのは「知りたい」ということ。
言葉が通じないこと、伝えたいことを伝えられないこと、母語を使えないこと、それは自分の存在を否定されるくらい圧倒的なチカラだと思います。