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<阿部和重 ロング・インタビュー> アメリカ・天皇・日本 聞き手=佐々木敦 #3

<阿部和重 ロング・インタビュー> アメリカ・天皇・日本 聞き手=佐々木敦 #3

文學界10月号 特集 阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ

出典 : #文學界

『オーガ(ニ)ズム』(阿部和重 著)

――新人賞の応募だって増え続けていますしね。

 阿部 そういう変なものとして文学をとらえているところが僕はあります。デビュー時に明確な文学観を持たず、文学的教養もなく、たまたま何か表現したいという初期衝動だけで文学の世界に入り込んできた自分のような人間にとって、そしてもともと違うジャンルをやりたかった人間にとって、この不定形な特徴が利点なのだと、次第にわかってきた。

 さまざまな文学観があり、こういうことはやっちゃいけないとか、作法として文学の書き方というものがある。でもそういうものを取り払っていくことで「これも文学です」と見せていくことができる。逆にそれこそが文学なんじゃないかという、反転するかたちの中にだんだんその正体が見えてきた。こういう考えが固まってきたのは、まさにこの三部作を書いていく中でです。『Orga(ni)sm』でついに考えが明確に定まった感じがあります。

――すると、この後阿部さんが書くものは大きく変わっていくかもしれませんね。人が文学と呼ぶものからもっと離れるかもしれないし、そのことによって文学の方が変わることもありえる。

 阿部 はっきりいえるのは、そのように自由にいろんなところまで足を伸ばせるところがある一方で、実際には言葉でしか表現できないという大いなる不自由を強いられている、その二重性が自分にとって重要なのだろうということです。

 先ほどから話していて、結局自分が『アメリカの夜』からずっと追求してきたのは、自由の可能性と不自由の可能性を同時に引き受けて表現につなげていくことなのだと思いました。『アメリカの夜』の主人公が「活字の人」と「映像の人」という二重性の中に身を置いていたように。今作のオバマもある引き裂かれた状態に置かれているわけで、やっぱり二項対立の中に置かれた存在を自分はずっと書き続けてきたし、自分自身もそういう志向性があるんだと思いますね。

神町サーガは終わるのか

――最後にうかがいたいのは、本当に神町サーガはこれで終わりなのでしょうか。以前のインタビュー時に阿部さんは、本当は『ピストルズ』の時に書こうかと思ったけれど書かなかったエピソードがあるとおっしゃっていました。ひとつは、先ほども出たみずきの大学時代の話。もう一つ、『ピストルズ』の終わりあたりに出てくる、天童市で女児が行方不明になった事件についても構想があると。

 阿部    『Orga(ni)sm』の中でも、その事件にちょっと触れていますね。

――女児行方不明事件の犯人を探しに行く人たちの話というアイデアだったと記憶しています。もっとも、その時のインタビューでもすでにその話は書かないと断言しているのですが。その気になれば書けるエピソードが、おそらく他にもいっぱいあるのだと思うんです。でもやはり、この『Orga(ni)sm』をもって神町サーガは完結だと、阿部さんははっきり決めているのでしょうか。

 阿部 神町に関しては、断言しますがこれで終わりです。

 再びMCUとの比較でいうと、アイアンマンがフェーズ3で終わったのと同じように、神町の物語はこれでおしまいとなります。もしかしたらフェーズ4があるのかはまた別の話ですね。ユニバースは続くけれども、このフェーズはおしまい。

――今後、アーベル・ノベルティック・ユニバースに何らかのかたちで関わってくる作品はあるかもしれないけれど、神町を舞台にした小説はこれで終わりだと。三部作を書くと宣言し、三部作を書いて終わる。ちゃんと決めた通りに実行するのは阿部さんらしいともいえますね。

 阿部 ちょっと思い出話をすると、十年くらい前、『ピストルズ』を出した時、小説を書くのは次で終わりでいいかなと思ったことがありました。

――それぐらい『ピストルズ』を書ききって満足感があったということですか。もしくは、つらかった?

 阿部 満足感もありましたし、小説というジャンルの限界が見えたような気がしたんですね。

――それは映画との関係においてでしょうか。

 阿部 いや、映画とは関係ありません。「小説にはこれぐらいのことができて、こういうことはできない」という大体のところが、何となくイメージできてしまった。だから、三部作なのでもう一作を書いて、もしかしたらさらに一作くらいは書いてもいいけど、いずれにしてもあと十年でやめてもいいかなという気持ちになっていたんです。

――やめてどうするかとかは考えたんですか。

 阿部 その時は、デイトレーダーになろうかと思っていました(笑)。当時デイトレーダーが自分の中ですごい熱かったんですよ。まだリーマン・ショック前だったかな。

――十年前なら、後じゃないですか。

 阿部 後か。後なのにそんなこと考えるなんてバカですね(笑)。とにかく、「もうやめよう」と思って、実際、懇意の編集者にはそう伝えていたんです。「俺、あと十年でやめます」と。ただ、その後の十年間にいろんな人生の変化があり、単純に書きたいことが増えていって、文学でやりたいことはまだ結構あるなと、考えが変わりました。

――その変わってきた感じの中で、実際に三部作の完結に手を付けることになったと。

 阿部 先ほどいったようなリハビリ期間もありましたし、さらに短篇集(『Deluxe Edition』)がちょっと前に出て、その経験が大きかったですね。短篇をあんなにまとめて書いた時期ってそれまでほとんどなかったので。

――阿部さんは世間では長篇作家だと思われていますしね。

 阿部 そのイメージが強いみたいで、短篇集じたいあまり話題にならなかったんですが、自分としてはかなり手ごたえのある短篇がいくつか書けた。そこからも、小説の形式でやってみたいことはまだまだあるとあらためて気づかされました。短篇で試したことが『Orga(ni)sm』にも影響していますし、そこからさらに新作につながっていく流れが自分の中ですでにできている。

ユニバースのその先へ

――新作といえば奇しくも今日、二〇一九年八月一日に、毎日新聞に阿部さんの初の新聞小説『ブラック・チェンバー・ミュージック』の第一回が載っています。『Orga(ni)sm』を完結させて、こんなに早く新作を書かれるとは思っていなくて、非常に驚きました。読者は、神町サーガ完結篇とともにさっそく次の最新作を読み進めることができるわけです。神町サーガ完結後初の作品『ブラック・チェンバー・ミュージック』は、どのような作品になっていくのでしょうか。米朝会談がストーリーの軸になっているそうですから、まさに『Orga(ni)sm』の後に起きている出来事なわけですよね。

 阿部 時系列としてはそうなります。これがフェーズ4としての始まりになるのでしょうかね(笑)。自分としても、まさかこんなに早く新連載に着手しなければならなくなるとは考えてなくて。『Orga(ni)sm』を本当はもっと早く終えているはずだったので。

――二〇一八年の間ぐらいに終わる予定だったんですか。

 阿部 遅くとも二〇一九年初頭には連載を終える考えで進めていたところ、なかなか終えられなかった。新聞連載は、依頼自体は一年ぐらい前にいただいていたんです。『Orga(ni)sm』の連載も終わっている予定でしたし、ストックもある状態で進められると思っていたのですが、とんでもなかったですね。全く準備のない状態からのスタートになってしまいました。ただ、どういう話を書くか自体は依頼を受けた時から決まっていて、どうしても米朝会談を受けた後の北朝鮮をめぐるストーリーにしたい、という構想はその時点であったんです。

――依頼が一年前だったとすると、米朝会談からまだそんなに経っていない時期ということになりますね。

 阿部 実は会談が実現する前でした。でも、それまでのトランプと金正恩との経緯はずっと注視していて、これは絶対に小説に書かなければいけないという妙な役割意識が生まれてしまった。ちょうどそこに来た新聞のお仕事で、これはうまくぴったりはまるだろうと。

――新聞連載にすごく合っているともいえるし、今後情勢がどう変化するかわからないという意味ではリスキーともいえますね。

 阿部 毎日新聞のインタビュー記事であらすじが説明されているとおり、米朝会談以後の世界で、北朝鮮からの密使が日本にやってきて、ヒッチコックの映画をめぐる論文を探すというドラマ展開です。

 MCUのフェーズ4のように、これとこれとこれを書きたい、という題材はすでに自分の中にいくつもあるんです。『ブラック・チェンバー・ミュージック』はいま始まったところですが、それ以降の流れも何となく考えています。

――それもまたサーガみたいになるのでしょうか?

 阿部 いや、サーガではないのですけれども、三部作みたいな見方は可能かな。国際情勢を一つの軸にすえた三部作になるかもしれません。

――そこまでもう考えているんですね。

 阿部    始まったばかりの『ブラック・チェンバー・ミュージック』も大事なんですけれども、その次に見すえている作品があり、でもそれはたぶんどこでも書かせてくれないんじゃないかな……というのも、三〇〇〇枚にはなるだろうという予想がついているんです。出版界が厳しい状況では発表は難しいかもしれない。

――一七〇〇枚の作品を書いたら、次はさらに長いものを書くような人ですよね、阿部さんは。

 阿部 どうなんでしょう。そんなに長いのはさすがに無理といわれそうだから、変名で自費出版でAmazonとかで出すのも面白いかな、なんて考えていますけどね。もうタイトルも話の内容も決まっていて、そのためのいろんな資料もほぼそろっているんです。

――いや、これは最後にすごい話を聞いてしまいました。今後がますます楽しみです。今日は長時間、ありがとうございました。

(八月一日、文藝春秋にて収録)


阿部和重(あべかずしげ)
一九六八年生まれ。山形県出身。作家。九四年に「アメリカの夜」で第三七回群像新人文学賞を受賞しデビュー。九九年、『無情の世界』で第二一回野間文芸新人賞、二〇〇四年、『シンセミア』で第一五回伊藤整文学賞、第五八回毎日出版文化賞、〇五年、「グランド・フィナーレ」で第一三二回芥川賞、一〇年、『ピストルズ』で第四六回谷崎潤一郎賞を受賞。その他の著書に、『インディヴィジュアル・プロジェクション』、『クエーサーと13番目の柱』、『Deluxe Edition』、伊坂幸太郎との合作『キャプテンサンダーボルト』などがある。

佐々木敦(ささきあつし)
一九六四年生まれ。愛知県出身。音楽、文学、映画、演劇などの批評を幅広く手がける。『批評時空間』、『シチュエーションズ』、『アートートロジー』、新刊『この映画を視ているのは誰か?』、『私は小説である』など著書多数。

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