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少年は走る──生きるために。その姿は小説を描き続ける筆者に重なるのだ。

少年は走る──生きるために。その姿は小説を描き続ける筆者に重なるのだ。

文:あさのあつこ (作家)

『車夫』(いとうみく 著)

出典 : #文春文庫

『車夫』(いとうみく 著)

 いとうの新刊を手に取る度に、そういう声を聞く。その声に物書きの端くれにぶら下がっているわたしは、ぐっと背筋が伸びるときもあるし、身を竦めて我が身の怠け癖を恥じるときもある。このごろは、恥じる方が圧倒的に多いので、あまり読みたくないなぁなどと逃げを打ってはいるが、そういう軟弱者にさえ刺激を与えてくれる。

 いとう作品の優しいだけではない、強いだけではない声、その二つが絶妙に絡まった物語の声は読み手を叱咤するのではなく、そっと支えてくれるのだ。「それでいいよ」と認めてくれるのではなく、「がんばれ、がんばれ」と無責任に励ますのではなく、そっと手を差し伸べ何かを囁いてくれる。その囁きは、おそらく読み手によってさまざまなのだ。一律ではない、個々なのだ。本と人が個々の声を共有する。

 いとう作品の人気の理由はたくさんあるのだろうが、この支える声もその一つであるのは、まちがいない。

『車夫』にも、その声は確かに響いている。鳴り響くのではなく、小さなBGMとして低く、微かに流れ続けている。

 よくよく考えれば、「悲惨」の文字さえ浮かんでくる。吉瀬走の人生だ。ネタバレになるのであまり詳しくは書けないが(ネタバレになっても、物語そのものは十分に楽しめる。そこは自信をもっている。わたしが自信を持っても仕方ないけれど)。事業に失敗した父は家族を置いて家を出て行き、間もなく母親も姿を消す。走は、高校中退を余儀なくされ、生きるために、車夫の世界に飛び込むのだ。

文春文庫
車夫
いとうみく

定価:814円(税込)発売日:2019年10月09日

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