おそらく、車夫にならなければ、両親が消えてしまわなければ、指先さえ触れなかっただろう思考だ。走は走ることで、車夫になったことで、新たな世界を発見し、新たな力を見つけた。その過程を、いとうは丹念に丹念に綴っていく。走はもちろん、先輩の前平さんや『力車屋』の面々、様々な人生を抱え、走の車に乗ってくる人々、走の母親まで決して疎かにしない。ただの善人も、ただの悪人もいない。走も含めて、弱さと強さ、卑小さと寛容、憎しみと優しさ、たくさんの言葉にならない感情を身の内に渦巻かせる“人”として描いていく。
見事な絵師ではないか。
いとうは物語のキャンバスの上に、“人”を描き出す。一本の線にも一つの点にも、いとう自身の想いを込めて描き続ける。書き続ける。
書き手として自分を信じたい。そこから出発したい。
いとうの口から直接聞いた台詞だ。
人気に溺れた傲慢な一言ではない。どんなときにも初心を忘れない決意の言葉だ。
それは、どこまでも走り続ける走の姿に、ぴったりと重なる。
わたしには、そう思えるのだ。
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