いとうみくはダイナミックな作家である。
実にダイナミックに展開させながら、作品世界を創り上げる。球速のある直球をばんばん投げ込む投手、あるいは力づくで事を進めていく企業経営者などを剛腕と称することは、ままある。ならば、いとうみくはまさに剛腕作家だと言い切れる。少なくともわたしは、その剛腕ぶりに数えきれないぐらい唸ってきた。
これは、すごい。と。
いや、ちょっと待て。剛腕という表現はいささか的外れかもしれない。いとうは、力だけで押し切り読者をねじ伏せようなどとは微塵も思っていないだろうし(本人に確認はしていないが)、そういう書き方をしているわけでもない(これは読めば、わかる。本人に確認しなくても)。むしろ、繊細に丁寧に、臆病なほどの静かさをもって人に寄り添おうとしている。この場合の“人”とは、文字通りの“人”だ。この本『車夫』を読んでいるあなたでありわたしだ。この本の主人公、吉瀬走であり、いとう自身でもある。さらに言うなら、この本の存在も知らず、だからこそ未来に書店で、図書館で、知人、友人から手渡されて『車夫』を読むかもしれない誰かだ。今、このときをこの世界のどこかで生きている誰かだ。
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