走ることをテーマにした作品はたくさんある(正直に告白します。わたしも書きました。しかもシリーズで……)。わたしが読んだものはごく一部だろうが、ほとんどはスポーツとして走りをとりあげている。『車夫』は違う。
走ることが生きることに真っ直ぐに繋がっているのだ。
走は走る。人力車を引いて走る。試合に勝つためでも、記録を残すためでもない。生きるために走るのだ。両親に見捨てられた十七歳の少年は、今日の糧を得るために、明日を生き延びるために走る。浅草の町を『力車屋』の人力車を引いて、汗にまみれ、必死に走るのだ。しかし、そこに悲壮感や暗さは微塵もない。かといって、単純で嘘くさい明るさもない。「がんばれば何とかなる」とか「諦めなければ希望が生まれる」とか、そんな通り一遍の明るさなど端から拒否して、『車夫』は存在している。紛い物の明かりでは道を照らせない。悲惨であるはずの少年の物語を、悲惨を踏まえた上での爽やかさに変えているのは、走という一人の人間の生き方を活写しているからだ。
走は完璧な人間ではない。戸惑いも、絶望も、怨みも、嘆きもする。愚痴も弱音も吐く。けれど頭を上げて、ゆっくりと前に進む。前に進みながら発見する。高校の先輩に誘われて車夫の道に入り、人力車の引き方を覚え、お客と交わり、人を知っていく。人が生きること、人を許すこと、自分が許せないことを見つけていく。人が人と関わるとは、人が人と生きるとは、人が人と別れるとは、この手で自分の口を養うとは、どういうことか。思考を重ねていく走の姿は凜々しい。美しくさえある。
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