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連城三紀彦ほど読者を唸らせ、驚きと衝撃をもたらした作家はいないだろう。

連城三紀彦ほど読者を唸らせ、驚きと衝撃をもたらした作家はいないだろう。

文:関口苑生 (文芸評論家)

『わずか一しずくの血』(連城三紀彦 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『わずか一しずくの血』(連城三紀彦 著)

 ここから事態は困惑の極というよりも、恐るべき複雑怪奇な様相を呈していく。この事件以後、九州の伊万里、京都の長岡京、北海道の支笏湖、佐渡、青函トンネル、室戸岬、鳥取砂丘と全国各地でそれぞれ別人女性の身体の一部が発見され、さらにはまた失踪した妻の夫の自宅冷蔵庫からも、自分のパジャマに包まれた女性の腰部が発見されるという、異様なバラバラ死体遺棄事件の模様が語られていくのである。

 正直に言ってしまうが、本書を最初に読んだとき、かなり中盤まで読み進んだところでも、この話は一体どこへ向かっているのか、これからどんなことが待っているのか、そうした展開の読みがまったくできなかった。まさに予想もつかない展開なのである。そんな風に思わせるのは、物語の語り手というか、進行役のせいもある。これもまた連城ミステリの特徴でもあるのだが、普通ならばこうした事件が起こった際は捜査を担当する刑事や関係者、場合によっては犯人側からの視点で描かれることが多い。もちろん本書でも最終的にはそうなっていくが、それ以上に強烈な印象を与えるのが、脇役でありながら同時に主役でもある女性たちの言動だ。伊香保温泉の旅館の仲居。函館の飲み屋の女将。失踪した妻とその娘……ほかにもまだ数名いるのだが、差し障りが出そうなのでここでは控えておく。だが彼女たちはいずれもあるひとりの男について、その関わりと自分の思い――身も心も奪われるにいたった経緯を切々と語っていく。これが実に淫靡で官能的で、しかし時に切なさも感じさせ、圧倒的な勢いを保ってこちらの胸に迫ってくるのだった。

文春文庫
わずか一しずくの血
連城三紀彦

定価:957円(税込)発売日:2019年10月09日

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