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連城三紀彦ほど読者を唸らせ、驚きと衝撃をもたらした作家はいないだろう。

連城三紀彦ほど読者を唸らせ、驚きと衝撃をもたらした作家はいないだろう。

文:関口苑生 (文芸評論家)

『わずか一しずくの血』(連城三紀彦 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『わずか一しずくの血』(連城三紀彦 著)

 最後になるが彼の没後に刊行された異色の長編『悲体』の解説(本多正一氏)には、

「思えば、ぼくの小説に出てくる男と女のモデルは、全部、父と母なんですよ。小説っていうのは、恋愛小説にしろ推理小説にしろ、すべて人を描くもの。人の原型は、どの人にとっても『父と母』だと思います。その中の一部分を、登場人物に投影させて、動かす」

 という『中日新聞』(二〇〇一年一月十三日)のインタビュー記事が引用されている。その言葉に従えば、本書に描かれる無口でいつかは死んでしまいそうな影の薄い男は、連城が小学校時代に「あの人」と呼んで担任の先生に叱られた、いるのかいないのかまったく存在感のなかった父親であったのかもしれない。

 また、事件の真相に近づく重要な道具立てとして日本の地図が出てくる場面があるが、彼は高校時代に地理クラブに所属しており、地図帳を眺めるのが好きだったという。先の『悲体』では、同級生に何を探しているのか問われると、「国境」と答えていた。

 生前、わたしは彼に親しくしていただいた時期がある。何度か一緒に旅行にも行った。そのときに感じたのは、彼は含羞の人でありながら、人間観察の練達者であるということだった。

 本書を読みながら、わたしはそうしたあれやこれやの思い出に耽りつつ、そうこれが彼だった、こんなところも彼らしいと、描写のいちいちに頷き、噛みしめるように文字を追っていた。わずか一しずくの血――この禍々しくも、素晴らしいタイトルを胸に刻みながらだ。

文春文庫
わずか一しずくの血
連城三紀彦

定価:957円(税込)発売日:2019年10月09日

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