- 2019.10.31
- 書評
連城三紀彦ほど読者を唸らせ、驚きと衝撃をもたらした作家はいないだろう。
文:関口苑生 (文芸評論家)
『わずか一しずくの血』(連城三紀彦 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
連城三紀彦の内では、これはミステリであるとか、これは文学であるとかの違いはさらさらなく、優れた作家が書く「小説」には、高度な構成力と文章力が備わっており、読者はただそれを味わい、愉しむことで感動が得られるとするのである。同時にその思いは、自分が作家を目指したときにも理想としたのではなかったか。
そう考えていくと、ある時期に連城がミステリから離れ、恋愛小説に〈転身〉したことを残念がる声も多く聞かれたけれど、もしかすると本人にとってはそんなこと――ミステリがどうの、恋愛小説がどうのなどという思いは露ほどもなかったのかもしれない。彼はただひたすらに自分が愉しみ、憧れ、感激した、理想とする「小説」を書きたかっただけだったのだ、と今はそう思う。
そこでさて本書『わずか一しずくの血』なのだが、これもまた容易ならざる一作だ。
例によって、冒頭から尋常ではない謎の提示で物語は始まる。ある夜、一年以上も前に失踪した妻から突然電話がかかってきて、テレビで十時のニュース番組を見ていろと告げられる。そのニュースで自分が出てくるからというのだ。言われるままに見ていると、群馬県の山中から白骨化した左脚が発見されたというニュースが流れてくる。しかもその足の薬指には、イニシャルの入ったプラチナ製の指輪がはめられていたという。妻に間違いなかった。日本中探しても結婚指輪を足にしている女など、彼女のほかにはいないだろうし、イニシャルも一致していた。
だが、謎はこれだけにとどまらなかった。同じ群馬県の伊香保温泉にある安手の宿で、女性の惨殺死体が発見される事件が発生したのだ。その女性は左脚が切断されており、旅館の仲居によると、足には指輪があったのを確かに目撃したとの証言が……。
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