連城三紀彦ほど読者を唸らせ、驚きと衝撃をもたらした作家はいないだろう。
文: 関口苑生 (文芸評論家)
『わずか一しずくの血』(連城三紀彦 著)
魅惑的な謎、先の読めないストーリー、意外な真犯人、独創的なトリック、衝撃の結末……優れたミステリには、まず間違いなく読者をあっと驚かせ、感動させる要素と工夫があるものだ。
しかし、本書『わずか一しずくの血』の作者、連城三紀彦ほど読者を唸らせ、驚きと衝撃をもたらした作家はいないだろう。いや読者ばかりではない。多くの作家や評論家など同業者たちにも、多大なる影響を与えたのだった。それも深い畏敬の念とともにである。
彼の作品に対して寄せられた賛辞の数々をみると、そのことは一目瞭然だ。曰く――溜め息が出るほどの流麗な文体、卓越した眩惑のプロット、技巧を凝らしたトリッキーな奇想とアクロバティックな仕掛け、精緻な心理描写、比類なき読後の強烈な余韻、誰にも到達し得ない、唯一無二の存在にして真の天才……といった、連城三紀彦を誉め称える言葉がずらりと並ぶのだ。ここで興味深いのは、いずれも謎の構築と鮮やかな結末というミステリとしての技巧と、どこまでも怜悧、冷徹な視線で人間を見つめながら、叙情性溢れる筆致で小説を紡ぎあげる文章力の両方について、その完成度の高さと見事さを褒め上げていることである。