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対談 私たちのファーストクラッシュ #1<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

対談 私たちのファーストクラッシュ #1<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

山田詠美 ,ジェーン・スー

文學界11月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

『ファースト クラッシュ』(山田詠美 著)

小説を読み返す面白さ

 ジェーン 山田さんの小説やエッセイの細かいところを、とにかくたくさん覚えているんです。『ベッドタイムアイズ』が映画化されたときに、樋口可南子さんのシャワーの浴び方がいやらしくて気に食わないってどこかに書いてらっしゃったのも覚えてます。もっとジャバッと浴びればかっこいいのに、セクシービデオみたいに浴びていて、あれは違うと思ったって。

 山田 あれは監督が神代(くましろ)辰巳さんなんだけど、できあがってビックリ。進駐軍の映画みたいになってて。そうかと思うと、樋口さんのところだけ妙にきれいきれいに撮ろうとして、ちょっと失敗してたっていう感じ。もっと雑にダウンタウンな感じで撮ってほしかったんだけど。

 ジェーン そういう審美眼のひとつひとつが、当時の自分にとっては憧れというか、学ぶべきお作法だったんですよね。『ぼくは勉強ができない』なんかまさにそうで。

 山田 小説を読むときの楽しみって、そのディテイルをピックアップするという楽しみはあるよね。

 ジェーン そうですね。書かれている英語の文章をちょっと覚えたりとかしたりして。でもじつは、当時は主人公の秀美(ひでみ)のことがあんまり好きじゃなかったんですよ。もちろん憧れがあったものの、あの頃は彼と歳が近かったものだから、「わかった顔しちゃって」みたいな感じでいけ好かなくて。いま思えば、クラスメイトみたいな感覚で彼に反発を感じていたんです。

 山田 わかる(笑)。あの作品に最初に夢中になってくれたのは、むしろ秀美のお母さんの世代。今でもみんな息子に読ませたいって言ってくれるの。

 ジェーン 今回、他の作品も改めて読み返してみたんですが、当時は若すぎて読み切れていなかったなと痛感しました。

 山田 小説って、年代が変わるたびにもう一回読み返してみると、全く違う印象になるんだよね。映画なんかもそうだけど。

 ジェーン はい。贅沢な時間をいただきました。リアルタイムで読んでいた当時は、例えば『ジェシーの背骨』から『トラッシュ』に至る世界なんて、全然わかってないんですよ。あくまでそこにある物語を摂取していただけで。大人になった今はもう、あの作品に書かれていた気持ちは全部わかる。除夜の鐘の中に頭を突っ込んだらゴーンと外から撞かれたみたいな感じです。終始「くぅ~!」って言いながら読みました。

 山田 読む側が主人公の年齢を超えるとそうなっていく。

 ジェーン 前は主人公のココを被害者として捉えていたのに、今読むと彼女が加害行為もしているということに気づいたり。だから二度おいしい感じではあります。もっと歳をとったらまた違うんだろうし。

 山田 主人公がたったひとりなのに、読み返すたびにいろんな人生を味わえるという面白さが小説にはあるんだよね。

森瑤子さんのこと

 ジェーン 私は山田さんと同じくらい森瑤子さんの文章も夢中になって読んでいたので、「小説幻冬」で連載されていた島﨑今日子さんの『森瑤子の帽子』を読んで、点と点がつながった感じがして一人で喜んでいました。

 山田 森瑤子さんも、あんなに書きすぎることなく、もうすこし長く生きていたら、もっと味が出ていいものを書けたかもしれないなとよく思うの。

 ジェーン 地の文こそが作家の本領発揮、と山田さんはおっしゃってましたもんね。

 山田 そうそう。ジェーン・スーさんみたいな人を森瑤子さんに会わせたかったな。

 でもその一方で、しょうがないとも思うんだよね。けっきょくは命がすりへって行って書けなくなるようにしか物事が進んでいかなかったわけだから。年齢によって小説を読むときの理解力が変わってくるのと同じで、書くときにもそういうことが起きるんだと思う。

 ジェーン 森さんって、バブルのときのいちばん華やかな、浮かれていた日本を舞うようにして駆け抜けていった作家というか。

 山田 舞台でみんなにサービスするみたいに振舞ってた。その華やかさといったらものすごくてね。私自身はいつも傍観者というか、目の前の空気に乗りきれずに観察するタイプだったから、そんな森さんの姿に危うさを感じてもいたけれど、そのホスピタリティが彼女の本質で、そういう作家としての存在感を時代が求めていたんだなって考えるとしょうがないなとも思うんだよね。

 ジェーン ちょうどこのあいだ女性誌『VERY』のインタビューで、森さんがInstagramをやってたらヤバかっただろうな、っていう話をしたんですよ。当時あったら絶対やってただろうし。

 山田 帽子のつばがどんどん大きくなっちゃったんじゃない?(笑)

 ジェーン 着ている服に全部リンク貼ったり、ハッシュタグを付けただろうなと。そういう口には出せない欲望みたいなものを、全部体現してくれる魅力がありました。

 山田 そうね。求められていることにちょっと敏感すぎたんじゃないかなと思う。

 ジェーン 森さんの初期作品って、噴き出した欲望が、溶岩のようにジリジリと端から紙を焼いていくような、凄まじい文章で書かれていました。まだ子供だった当時はわからなかったけど、後からいろいろと読んでみると、なりたい自分とこうあるべき自分のあいだでものすごく引き裂かれながら書かれていたんだろうなと思って。

 山田 そうそう。初期の森さんはほんとうにすごかった。デビュー作の『情事』なんてすごくいいじゃない。

好き合ってる男女間の権利とプライドのありようはカップルの数だけある(山田氏)

 森さんと私は日本人の男性じゃない人を配偶者に持ったことで共通点がいっぱいあったものだから、話しててすごく面白かった。でも森さんの場合、男性を立てないと自分もプライドが保てないというようなところがあって、そこは決定的に違うんだなと思ったの。きっと女の人が外に出ていく過渡期の時代だったこともあるんだろうけれど。

 私がデビューした85年って、ちょうど男女雇用機会均等法が制定された年にあたるんだけど、森さんたちのようなフェミニズム的なことを意識しはじめた世代が、あの頃は本当の男女平等を目指そうとして、ちょっと無理をして妙な方向に行きかけていた感じだった。「クロワッサン症候群」なんて言葉が生まれたりしてね。そんなときに、私がアメリカ人の男の人とのラブストーリーをすごくシンプルに書いたものだから、「あ、これでいいんだ」と思ってくれた人は多かったみたい。好き合ってる男女間の権利とプライドのありようは、カップルの数だけあるでしょう?

>>#2へ続く

文學界 11月号

2019年11月号 / 10月7日発売
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山田詠美

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