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花見の宴の謎あるいは人生は面白いという命題からいかにしてアイロニーを払拭するか

花見の宴の謎あるいは人生は面白いという命題からいかにしてアイロニーを払拭するか

松浦寿輝

文學界11月号

出典 : #文學界

「文學界 11月号」(文藝春秋 編)

 ここに至って、顔立ちは完全に日本人なのに流暢なアメリカ英語を話すこの中年男の顔が、いつだか一度だけ会ったことのあるロサンゼルスの日本文化センター(The Japan Bunka Forum)の館長の顔に重なった。たしかに月岡は以前そこに招待され、熱心な観衆を相手に自分でもよくわかっていないスイセキとやらを主題とした講演をやったことがある。

 おお、それはそれは……ハウ・テリフィック・トゥー・シー・ユー・アゲイン、と月岡は抜かりなく調子を合わせた。館長さんはそれじゃあ、いまは日本にご滞在で……。ご出張か何かですかな?

 いや、あそこの館長はもう任期が終わりました。あの後、いっとき外務省に戻りましたが、このたび東京の赤坂にあるアメリカ大使館の文化交流部の部長の職を拝命しましてね。実はつい先日、赴任してきたばかりなんです。

 ははあ、そうでしたか。

 わたしは仕事で何度か来日したことがあるんですが、家内と娘は初めての日本です。いまちょっとトイレに行っておりますが、やあ、来た来た……。

 三十代半ばといった歳恰好の眼鏡をかけた大柄な女性がにこにこしながら、十歳かそこらと見える少女の手を引いて近づいてくるところだった。元日本文化センター館長の妻は肩まで伸ばした茶色の髪に白い肌の、典型的なアングロサクソン系の容貌だが、娘は父親の血をより濃く受け継いだようで、日本人と言ってもそのまま通るようなアジア系の顔立ちの黒髪の美少女だった。二人に紹介され、握手しようと手を差し出しかけたが、二人とも日本の習慣で通すと決めているらしく、深々とお辞儀するので、月岡も少しばかりあたふたしながらお辞儀を返し、それから元館長のほうへ向き直って、

 じゃあ、あなたがたも今日の、わたしどもの花見の宴(えん)に……?

文學界 11月号

2019年11月号 / 10月7日発売
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