特集

縄文論

文: 安藤礼二

文學界11月号

「文學界 11月号」(文藝春秋 編)

1 縄文とラスコー

 一九五二年、日本の芸術家である岡本太郎(一九一一 ― 一九九六)は「四次元との対話」とサブタイトルが付されたエッセイ、「縄文土器論」を発表した。

 一九五五年、フランスの思想家であるジョルジュ・バタイユ(一八九七 ― 一九六二)は単行本、『ラスコー』を上梓した。正確なタイトルを記せば、スイスの出版社アルベール・スキラから刊行されたシリーズ「絵画の偉大な諸世紀」の第一巻にあたる『先史時代の絵画 ラスコーあるいは芸術の誕生』である――邦訳として出口裕弘による『ラスコーの壁画』(二見書房、一九七五年)がある(しかし原著はラスコーを主題とした美術書を意図しているが、邦訳の単行本ではその構成が伝わりにくく、以下、邦訳を参照しながら原著から直接訳出する)。

 縄文とラスコー、歴史以前(先史)に位置づけられる造型表現と絵画表現は、なぜ二人によって選ばれたのか。そのことにはどのような連関があるのか。またなぜそのことを、いまこのときあらためて取り上げ直さなければならないのか。

 岡本太郎とジョルジュ・バタイユ。二人は、第二次世界大戦がはじまる以前、パリで出逢っていた(バタイユが編集していた雑誌『ドキュマン』には、太郎に先駆けて、将来を嘱望されながら夭折した中谷治宇二郎(なかやじうじろう)による縄文土偶論も掲載されていた)。ともに民族学や人類学に関心を抱き、呪術論や贈与論で知られるマルセル・モースの講義に出席し、芸術表現の新たな可能性をヨーロッパの外、当時「未開」や「野蛮」と称されていた世界に探ろうとしていた。それは同時に、高度に発達した資本主義とは異なった、もう一つ別の社会の可能性を探ることに他ならなかった。芸術表現の変革は、社会構造の変革と並行しなければならなかった。

文學界 11月号

2019年11月号 / 10月7日発売
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