イエース。ミスター・キノシタが送ってくれた地図をプリントアウトして持ってきたんですが、どうも道筋がよくわからなくてねえ……と言いながら、元館長は今しがた駅員に見せていた紙きれを月岡に渡した。頭を掻いていた駅員は後は月岡に任せたとばかりにとっくに姿を消していた。それはくちゃくちゃした線の交錯する大雑把な手書きの地図で、たしかにこれでは何が何だかわかるまい。
では一緒に参りましょう、場所はわたしがよく知っていますから、と月岡は言い、三人を促して歩き出した。十五分くらいかかるかな、ちょっと歩きますよ、と振り向いて念を押しておく。タクシーを拾ってもいいけれど、お花見の場にタクシーで乗りつけるなんていうのは、何か野暮というか不粋な感じだからねえ。野暮や不粋を英語で何と言ったらいいのか月岡にはよくわからず、イッツ・ノット・ソー・エレガントと簡単に済ませるほかなかった。元館長夫妻はオフ・コースと笑顔で応じたが、タクシーで乗りつけることのどこがどうエレガントでないのか、たぶん何も伝わりはしなかったろう。
月岡の先導で一行は改札口を抜け、小さなロータリーになっている広場を迂回し、商店街の横の小道に入っていった。この駅で降りるのは何年かぶりだが、道を間違えるはずがないという確信が月岡にはあった。
よく晴れてほとんど風のない、うららかな午後だった。半袖のポロシャツ、デニムのズボンにスニーカーという軽装の月岡は、のどかな気分で散歩を愉しみつつ、連れの三人ととりとめのない言葉をぽつりぽつりと交わしながら、静まり返った住宅街をゆっくりと抜けていった。通行人にも自動車にもほとんど行き会わない。この元館長にロスで会ったとき月岡は、どうもこやつ、まだ四十をそういくつも出ていなさそうなのに、何やらもう人生に疲れきってしまったという風体だわいと感じたものだが、その彼は今日は一転して明るく生き生きとした表情を浮かべていて、これは家族と一緒の休日だからなのだろうか、あるいはあのセンターの館長という仕事に当時よほどのストレスがあって、ようやくそれを離れることができてほっとしているのだろうか。
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