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「地下鉄サリン事件」以降の村上春樹――メタファー装置としての長篇小説(前篇)

「地下鉄サリン事件」以降の村上春樹――メタファー装置としての長篇小説(前篇)

文:芳川泰久

文學界11月号

出典 : #文學界

「文學界 11月号」(文藝春秋 編)

“小説家としての読み”

 では、麻原彰晃が行使したという“小説家としての読み”とはどのようなものか。それは「目じるしのない悪夢」で、次のような言葉で語られている。

 

 一九九五年の一月と三月に起こった阪神大震災と地下鉄サリン事件は、日本の戦後の歴史を画する、きわめて重い意味を持つ二つの悲劇であった。「それらを通過する前とあととでは、日本人の意識のあり方が大きく違ってしまった」といっても言い過ぎではないくらいの大きな出来事である。それらはおそらく一対のカタストロフとして、私たちの精神史を語る上で無視することのできない大きな里程標として残ることだろう。

 

 二か月ほどのあいだをおいて起こった阪神大震災と地下鉄サリン事件を、「一対のカタストロフ」と見ること。それがまさに“小説家としての読み”にほかならない。だれが見ても、一方は「不可避な天災」であり、他方は「不可避とは言えない〈人災=犯罪〉」である。そこに「圧倒的な暴力」という共通点はあるものの、この天災と人災をはたしてひとつにくくっていいのか。村上春樹は、「「暴力」という共通項でひとつにくくってしまうことに無理があるのはもちろんよくわかっている」と言いながら、それでもその二つを「一対のカタストロフ」と見ることに固執する。それが“小説家としての読み”にかかわるからだ。自然のもたらした天災と人為的な犯罪という違いがあるにもかかわらず、そこに共通性や関連性を見抜くこと。ただし、その共通性・関連性は「圧倒的な暴力」を指してはいない。それは別のところにあって、こう言ってよければ、小説を作ることにかかわる関連性である。

 

この続きは、「文學界」11月号に全文掲載されています。

文學界 11月号

2019年11月号 / 10月7日発売
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