ふたりは視聴覚室に入ってビデオを再生した。
精巣で生まれた精子がものすごいスピードで女性の膣に放出されるシーンで映像ははじまった。最初は二億匹以上もいた精子たちの九割が雑菌を殺すための酸性の海で死んでしまう。子宮頸部の迷路をくぐり抜けたわずか三千匹の精子たちが、白血球の攻撃にさらされ、卵管の入り口でさらに選別される。最終的に残ったのはたった二匹だった。がんばれ。いつの間にか心で叫んでいた。彼らのうちの一匹が卵子の膜を突き破って中に入った瞬間にはほっとして涙が出た。
「こんなにたくさんの難所を突破して人間は生まれるんだな。酸の海でほとんど死んだところで、おれだったらあきらめちゃいそう」賢児は溜め息をついた。
「いや、あきらめてないから、今こうやって生まれてきてるわけで。生命ってすごいよな」
「うん。けっこうしぶといね。なにがなんでも生まれてくるぞって感じで」
そうつぶやくと、ふたたび不安が湧きあがってくる。
「生きるってことは過酷だから」譲が言った。「さっきの映像、精子が二匹で協力して穴を開けてただろ。一匹が入ったとたんに卵子が強い膜でシャキーンって包まれて、もう一匹ははじきだされてた。生きるってことはそれだけでものすごい競争なんだ」
譲はほんの少し顔を強(こわ)ばらせた。
こちらもおすすめ
プレゼント
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。