「それに、受精卵になれても、着床しなきゃ妊娠できないし、細胞分裂がはじまっても正常に育たなきゃ流産する。それに出産がうまくいかなきゃやっぱり死ぬ。母体が危ない場合もあるって書いてあっただろ。運もかなり関係してると思うな」
そして賢児に気を遣ったのか、安心させるように言った。
「まあ、ちゃんと避妊していれば心配ないと思うけどね」
美空がどんなに愚かなのか譲は知らないんだ。でも、何をすべきかわかって心が落ち着いてきた。譲のおかげだ。むやみに不安がることはない。美空に正しい知識を教えてやればいい。
ふたりは図書館を出た。むかいには古い給水塔があった。それを見るたび、賢児は、新しい知識を手に入れるというのは、あの壁のはしごを天にむかって登っていくようなものだと思う。登れば登るほど見える世界が大きくなっていく。はしごはどんどん伸びている。自分が大人になるころにはきっと誰もが宇宙に行けるようになる。生まれる前に死んでしまう子も、病気で死ぬ人も、少なくなる。自分の住む世界は、今日よりも明日、明日よりも明後日にむけて、着実に素晴らしくなっていく。その逆はない。そう信じるだけで呼吸がゆったりと長くなっていく。
でも家に帰ればたちまち現実に引き戻される。
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