「ただいま」
四人分の靴がひしめきあう玄関で靴を脱ぎながら、賢児は靴箱の上を見た。
母が友人からお土産に貰ったという「奇跡の水」のボトルが飾られている。ヨーロッパかどこかの泉から汲んだ水だそうだが、飲めばどんな病気でも治るそうだ。そんなわけあるか、と心の中でつぶやきながら廊下に上がると、母が台所から声をかけてきた。
「遅かったわねえ。もうそろそろご飯よ」
空気清浄機や足揉み器やら、母が衝動買いして使わずにいる健康グッズがひしめく居間に入ると、美空が足の爪にペディキュアを塗っていた。弟が帰ったことに気づくと、部屋にまぎれこんだ蚊でも見るような目をする。
「うわあ、あんた、Tシャツの胸んとこ、汗で黒くなってる。きもいんですけど」
「美空さ、須山と性交したの?」
賢児は訊いた。須山という名前に反応し、美空がまた顔をあげる。
「セイコー? は? なにそれ」
「須山にやらせろって言われてただろ。やらせたの?」
「聞いてたの? サイテー!」
美空は塗ってないほうの足をロケットパンチみたいに繰り出してきた。賢児の小指に命中する。
「いてっ。暴力やめろ」
「お母さんに言ったら殺す」
「あのさ、どうやったら子供ができずにすむか知ってる?」
「しっ…… 大きい声で言わないで。…… そんなこと知ってるって。安全日にすればいいんでしょ」
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