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当時、母が家出をしたことがあった。家出といっても、ちょうどその時期に母方の祖母が長期入院しており、その個室にもう一つベッドを置いて、しばらくの間、母も入院したのだ。今思えば、病気でもないのに、よくそんなことができたと思うが、いろんな意味で母方の実家は顔が広かったのだろうと思う。
おそらくこのとき、離婚という話にもなっていたと思う。父はもちろん、祖母や伯母たちも病院へ行き、帰ってきてもらえないかと母に頼んだという。当時母は、まだ二十七、八歳だったはずだ。
母がいない間、僕は毎晩泣いていたらしい。後年、伯母たちに聞かされた話だが、母はそんな僕にほだされて離婚を踏み止まったという。
二十代の終わりにその母を亡くして、すでに二十年以上経(た)つが、未(いま)だにふと思うことがある。もしあのときに泣くのを我慢していたら、母はその後どのような人生を送っていただろうかと。そして僕と母との関係は一体どのようなものになっていただろうかと。
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