この小説の世界観の大きな柱が〈明教〉の存在だ。なぜか赤子に戻る蓮華の謎、鉉太を導いた運命など、明教の教えを通して世界の秘密が浮かび上がってくる。仏教をベースにした作中オリジナルの宗教だ。松葉屋さんは仏教に造詣が深いのかと思いきや……。
「特別造詣が深かったわけではないんです。このお話を書くと決めてから、資料を探したりお坊さんのお話を聞いたりして理解を深めていきました。仏教は長い歴史の中で、各時代の人々を救うために少しずつ変化しています。例えば従来の教えの中で、動物を人間と同じお墓に入れることは想定されていません。人間と動物では、死後のあり方が異なるとされているからです。それが近年ペットを家族同様に愛する人が増えたため、盛んに議論が交わされるようになりました。これは、宗教が現代の我々に寄り添おうとしてくれていることの一例だと思います。そういった、今の我々のための〈仏教の教え〉を集めたら、その総体が明教になりました。特定の宗派ではない、いわばみんなの仏教ですね」
深い物語の中心に様々なテーマが見え隠れしているが、作者としてはただただ読者に楽しんでほしい、という思いがある。
「この小説は伝説や歴史、神話など、元々興味を持っていたものがうまく物語に流れ込んで形になりました。その一方で、冒険活劇と呼ぶにはテーマが多岐にわたり過ぎ、書き手としての青くささが出たなと感じます。ともあれ、テーマ云々は脇に置き、まずは主人公たちの冒険を楽しんでもらえたら嬉しいです」
まつばや・なつみ 静岡県出身。筑波大学卒業。『歌う峰のアリエス』で第十回C★NOVELS大賞を受賞し、中央公論新社C★NOVELS Fantasiaにて同書を刊行。『沙石の河原に鬼の舞う』で第四回創元ファンタジイ新人賞受賞(刊行時に『星砕きの娘』に改題)。