すごい本が出たという、ため息のような感想の言葉を、いったい何人からもらっただろう。それが『流浪の月』だった。ある日、少女と十九歳の男が出会い、何かが起きて、何かが起きなかった。世間はそれを「犯罪」だと見做した。
「かつて、誘拐事件が出てくるお話を書いたことがあって。その時、事件といわれる出来事の裏にはドラマが潜んでいるなと思ったんです。今回、好きに書いていいよと言ってもらって、真っ先に思い出したのがそのことでした。実際に何があったのかは当事者にしかわからない。でも事件として報道された瞬間に、確かにそこにあった様々なニュアンスは剝ぎ取られ、あっという間にふたりはただの『かわいそうな被害者』と『憎むべき加害者』になる。そして人生は、途方もなく過酷で、困難なものになる」
そう語る著者の凪良ゆうさんは、“BL”(男性同士の恋愛をメインにした作品ジャンル)で十年以上のキャリアを持ち、センシティブな関係を描き出す名手として知られていた。二〇一七年に講談社の文庫レーベル「タイガ」で『神さまのビオトープ』という非BL作品を刊行、それから二年。満を持して世に出した初の単行本作品が本作だ。
「そもそも、ジャンルはそれほど気にしていませんでした。というのは、どうしたって書きたいことの根っこは一緒になるから。世間とか常識とは相容れない、折り合えないひとが好きなんです。困難を背負いながらも、生きようとする。でも決して、そんな自分を哀れむことはしない。どうも、私はそういうひとに弱いみたいで。
でも、そうですね、女性を書くこと! これには、興奮しました(笑)。BLを書くときにまとっている衣装、それを脱いで、自分の身体にフィットする服を着て書いているような感覚とでもいいましょうか。衣装は衣装で、着ると気持ちが昂るし、楽しい。でも、普段着というのはこんなに動きやすいものなんだと新鮮でした」
さらに、もうひとつ。凪良さんがこの作品でどうしても書きたかったこと、それが“ひとりで生きる”ということだった。
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