「すまないな」
何も知らずに集まった民が些か不憫に思えて、口から微かに声が零れ出た。
「如何なさいました?」
余程耳聡いようで、賑わいの中でも聞きつけて先ほどの弟子が尋ねてきた。いや、生来真面目な性質で、己の一言一句を聞き逃すまいと努めているのかもしれない。
「いや、何でもない」
苦く頬を綻ばせて、増え続ける衆を見渡す。
信心から駆け付けて来た者は、すでにこちらを拝みつつ念仏を口中で転がしている。その姿を尊く思う。一方で、別に何も知らずに集まった者たちを蔑む心はもとより無い。むしろ皆が好奇に目を輝かせているのを見ると、これこそが人が人たる所以ではないかと心が躍るのだ。
未知のものに訳もなく惹かれる心。これは人が生まれながらに持っているものではないか。その証左に、集まって来た者たちに老若男女の境は見られない。身分も様々で、武士やその妻女、行商、百姓、他宗と思しき僧の姿まであった。
一遍は若くして、人というものが解らなくなった。
己の一族が骨肉の争いをし、それを懸命に止めようとした父が渦中に巻き込まれて死んだのだ。血を分けた肉親すら殺し合う人という生き物に絶望し、全てを放り出して修行の旅に出た。
そして三年前、信濃国佐久郡伴野庄小田切の地で、
――踊念仏。
なるものを始めた。
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