サインを見逃したわけではない。自分の「勝手」な判断で走らなかったのだという。
「あいつ(彪吾)、結構サインミスすることがあんですよ」
二回戦の大垣日大戦、3−3の同点で迎えた四回表1アウト一塁。同じように一塁走者は高橋、打席は彪吾だった。この場面で、ヒットエンドランのサインが出た。ところが彪吾はボールを見送ってしまい、高橋はセカンドで悠々タッチアウトになっていた。
「なので、ちょっと怖いなと。しかも、左ピッチャーでスタート切りづらいじゃないですか。自分の走力も考えて、刺されたら終わるなと思ったんで、スタートの構えだけして止まったんです。そうしたら空振りしたから、うわ、あぶねー、よかったって」
彪吾が2ストライクに追い込まれたことで、ベンチのサインは「打て」に切り替わる。彪吾は失敗を引きずらなかった。
五球目、外に落ちるチェンジアップを拾い、レフト前に落とした。
「あれ、ほんと、打ててよかったです」
0アウト一、二塁とチャンスは広がる。金足農業の応援曲が『タイガーラグ』に切り替わった。秋田県勢の定番となっているアップテンポなナンバーだ。
続く「八番・キャッチャー」の菊地亮太は、送りバントの指示を受けながら、ボールをよく見極め四球を選んだ。農業系の県職員を目指していた亮太は二年生のときに測量士補の資格試験に合格している。野球部員にしては珍しく勉強熱心で、成績も優秀だった。
これで0アウト満塁。打席にはレギュラーの中ではいちばん細身の「九番・ショート」の斎藤璃玖が入った。三塁走者の高橋は、監督のサインをこう読んでいた。
「ノーアウトなんで普通は打たせる。でも璃玖なんでスクイズだろうな、と」
斎藤は非力だが、バントは抜群にうまかった。
初球は「バントの構えで待て」で1ボール。二球目は「打つ構えで待て」で、今後はストライク。1ボール1ストライクの平行カウントになった。
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