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甲子園を沸かした、金足農業のナンセンスな野球力

甲子園を沸かした、金足農業のナンセンスな野球力

中村 計

『金足農業、燃ゆ』(中村 計)


ジャンル : #ノンフィクション

『金足農業、燃ゆ』(中村 計)

 サヨナラ2ランスクイズという劇的過ぎる結末に、あちらこちらで客が立ち上がり歓声を上げている。球場が、沸騰していた。

 近江の監督、多賀章仁はベンチ前で呆然と立ち尽くしていた。

「ノーアウトからのスクイズというのも考えてませんでしたけど、2ランスクイズなんて、ありえんでしょう……」

 いや、「ありえん」のはこの場面だけではなかった。

 二〇一八年夏、全国高校野球選手権大会で準優勝し「金農フィーバー」を巻き起こした金足農業は、取材をすればするほど、何から何まで「ありえないチーム」だった。

 そもそもこれだけ成熟したアマチュアスポーツ大会において、金足農業が準優勝したこと自体にわかには信じがたい出来事だった。

 彼らは秋田大会から通じ計一一試合、三年生九人で戦い抜いた。その九人も特別な九人ではない。秋田県内のごく狭い地域、二つの市と一つの郡から集まった選手たちだ。ほとんどの選手が三〇分以内で通学できる範囲に住んでいる。しかも公立高校だ。その上、野球には不利だと言われる雪国でもあった。

 スポーツで強いチームを作るための条件は選手、練習環境、練習時間の三つだ。決勝で対戦した大阪桐蔭はそのすべてを持っていたのに対し、金足農業は、何一つ持っていなかったと言っていい。

 ナンセンスなストーリーは、ナンセンスな挿話に満ちていた。

 現代において、こんなチームが存在していたとは──。

 余談になるが、近江に勝った翌日、複数の新聞に彪吾がホームインした時の写真が掲載された。右拳を突き出し、絶叫している写真だ。

 その写真がネットで話題になった。彪吾の前歯が一本、なかったからだ。激走している間に差し歯が抜けたのではという噂も立ったが、実際は、もともとなかったのだ。中学時代、自転車で転んだときに欠けてしまったそうだ。

 三年生の女子マネージャー、金子桃華の指摘はもっともだった。

「ものすごくカッコいいシーンなのに、あれだけが残念でしたね」

単行本
金足農業、燃ゆ
中村計

定価:1,980円(税込)発売日:2020年02月25日

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