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甲子園を沸かした、金足農業のナンセンスな野球力

甲子園を沸かした、金足農業のナンセンスな野球力

中村 計

『金足農業、燃ゆ』(中村 計)


ジャンル : #ノンフィクション

『金足農業、燃ゆ』(中村 計)

 0アウト一塁。

 大音量と小音量を交互に繰り返す『Gフレア』という金足農業の応援曲が、巨大な波のように押し寄せては引いていく。

「七番・ライト」の菊地彪吾が打席に入った。「彪」の字が入っているのは、大型猫類のように速く、強くとの親の願いが込められている。その願い通りチーム一の俊足だが、テストの点数はいつも「背番号ぐらい」とチーム一の成績不良者でもあった。ちなみに彪吾の背番号は「9」だ。

 定石に従えば、送りバントの場面だった。

 ところが、初球は「バントの構えをして待て」のサイン。そして、二球目。今度は「バスターエンドラン」のサインだった。バスターとは、バントの構えからバットを引きスイングする打法のこと。バントの構えにおびき寄せられ、内野が前に出てくればヒットコースがそのぶん広がる。走者は投手が投球したと同時にスタートを切るため、打者は何が何でもバットにボールを当てなければならなかった。リスクの高い作戦である。

 近江がバントを警戒し、極端な前進守備を敷いてきているのなら効果的な戦術だが、そういうわけではなかった。彪吾はいつも覚えているのか忘れているのかわからないようなぼんやりとした話し方をする。

「びっくりしましたけど、これで失敗しても別に俺のせいじゃないから、みたいな。監督のサインだからいいか、みたいな」

 林の二球目は高めのボールだった。バントの構えを解きながら、彪吾は小さく伸びあがった。すると、そこから急激にインコースへ曲がり落ちた。キレのあるスライダーに彪吾のバットはきれいに空を切った。

 彪吾は、とっさに走者の方に目をやった。

「ランナーが走ってなくて、ラッキーみたいな」

 なぜか高橋は一塁ベースに悠然と立っていた。

単行本
金足農業、燃ゆ
中村計

定価:1,980円(税込)発売日:2020年02月25日

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