
(8)常圓寺【新宿区西新宿7-12-5】
門井 本日最後の見学地、西新宿の常圓寺にやってきました。こちらは辰野家の菩提寺です。

万城目 立派なお墓ですねえ。敷地も広いし、大きな墓石の横には「東京帝國大學名譽教授 從三位勲三等工學博士」と刻まれていますよ。
門井 半分墓石、半分記念碑みたい。
万城目 さらに辰野の戒名がすごくて、「慈光院殿莊嚴日悟居士」。
門井 隣には長男の隆の墓もあって、こちらの戒名は、「文徳院殿自在日隆居士」。仏文学者らしくユニークです。

万城目 ところで門井さんから以前、辰野の「人生三大万歳」の話を聞いた覚えがあるんですけれども……。
門井 はい。東京駅の設計を受注したとき、日露戦争に勝利したとき、そして臨終の寸前に、万歳三唱したそうです。
万城目 臨終の万歳って、どんな様子だったんですかね。
門井 息子の隆によれば、家族を集めて起き上がり、奥さんに「お前を生涯の妻としたことは無上の満足だ」と感謝の気持ちを伝えたと。さらに子供、女中、庭師に至るまで言葉をかけ、最後に万歳して息を引き取った。まあここは、情況からして、万歳「三唱」はできなかったかな。そのとき枕頭に詰めていた親友の曾禰達蔵には、「議事堂をよろしく頼む」と言い遺したそうです。
さらに一つ、不思議なエピソードがありまして、臨終間際、意識が混濁したとき、金吾はニマ〜ッと笑いながら「縦から見ても、横から見ても」と呟いたらしい。
万城目 そのこころは?
門井 まったくわからないので、私は「わからない」と小説に書きました。死の床で、自分の気に入った建築を思い出してニンマリしたのかなとも想像したのですが……。
万城目 違うんですか?
門井 まだ金吾が元気だったころ、息子たちが聞いたんですって。「親父の建てた作品で一番気に入ってるのは何?」と。そしたら金吾は「何一つない」と即答したと。「俺は一生懸命やったが駄目だったなあ」と言ったそうなんです。息子相手に謙遜するような人じゃないので、これはこれで金吾の実感だったんでしょうね。
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