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万城目学と門井慶喜の「辰野金吾建築散歩」in東京

万城目学と門井慶喜の「辰野金吾建築散歩」in東京

「オール讀物」編集部

ふたりの建築探偵が大建築家の足跡をぶらぶら歩く!

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

(3)日本銀行本店本館【辰野金吾/1896年/中央区日本橋本石町2-1-1】

万城目 ようやく辰野がつくった現存建築にたどり着きましたね。

門井 明治二十九(1896)年、金吾四十三歳のときに完成した日銀本館です。私、小説の取材のため、一昨年にもこちらを見学させてもらったんですが、そのときこの本館は免震工事中。外壁も洗浄中で覆いがかかっていて、きちんと拝見することが叶いませんでした。本日、垢を落とした日銀本館を見られたのは感無量です。

正面から眺めると、意外と特徴が掴みにくい(?)日銀本店本館

万城目 よく見ると、1階部分と上階部分とで外壁の感じが違っていて面白いですね。1階部分はちょっと無機質で、どことなく刑務所みたいな雰囲気。

門井 これ、使っている石が違うんですよ。1階は北木石という、瀬戸内海の北木島で採れた石を用いています。北木石は質のよい花崗岩として有名なんですが、おそらくは輸送費がかかりすぎてお金が足りなくなった。それで2階、3階部分は低コストで調達できる湯河原の白丁場石を使っています。

万城目 あの、正直に言いますけど、日銀って意外と覚えにくいデザインだと思いませんか。お手本なしに「日銀を描け」と言われたら、「あれ、どんなだっけ」ってなっちゃいます。「東京駅を描け」だったら、とりあえず横に長く赤レンガを描いて、左右にドーム屋根を置いて、とイメージしやすいですけど。

門井 なるほど、中央のドーム屋根は奥に引っ込んでいるし、外壁は花崗岩で白くてシンプル。建物の特徴がパッと捉えにくいのかもしれません。

特徴的な緑色のドーム屋根は奥に引っ込んでいる

万城目 テレビの経済ニュースなんかでは日銀をヘリコプターで空撮して、漢字の「円」に見える建物の形を見せたりすることが多いですけど、でも、上空から見たからといって「日銀だ!」とピンとくるかといったらこない。あえていえば中央の緑色のドーム屋根が特徴らしい特徴なんでしょうけど、外見的インパクトは薄いですよね。

門井 ……いささか長くなりますが、日銀を弁護してもよろしいでしょうか。

万城目 はい。お願いします(笑)。

門井 日銀本館はいろんな意味で「ゼロからつくられた」建築なんです。たとえば後年の東京駅の場合、金吾はすでに六十一歳。帝大を辞し、民間の建築家として経験を積み、赤レンガを用いる「辰野式」スタイルも確立していました。ところが日銀の依頼が来たとき金吾はまだ三十五歳。帝大教授といっても手がけた建築は少なく、工科大学のほかは銀行集会所、渋沢栄一邸くらいで、国家のモニュメントになるような仕事はゼロ。いわば日銀が人生最初のビッグプロジェクトだった。

いっぽう日銀のほうも、自前のそれをゼロから建てるのは初めてでした。開業(明治十五年)以来ずっと、北海道開拓使の建物をゆずり受けて使っていましたから、ニシンの臭いがしたらしい(笑)。金庫の建てつけも貧弱だったでしょう。金吾にとっても日銀にとっても、乾坤一擲、大ギャンブルだったわけです。ついでに言うと、これだけ大規模に全国から石を集める建築も初めてだったでしょう。

さらに注目したいのは建設の時期。ちょうど日清戦争が始まった頃です。日本人が初めて経験する大規模な対外戦争のもと、国じゅうが不安にかられていた。何しろ天皇が大本営の置かれた広島に行き、国会議員も広島に行き、臨時仮議事堂で戦時予算を通したくらいですから。

万城目 官僚建築家として有名な妻木頼黄が、広島に臨時の議事堂をつくったんですよね、たしか。

門井 そうです。そういう戦時下につくられた日銀本館の地下階の金庫室の壁には穴が空いていて、いざとなったら日本橋川の水を引き込んで、金庫を水没させることができる。これはつまり、敵兵に襲われたときの策なんです。

万城目 広報の方は、非常時に保管している紙幣を無効化するための工夫であると説明してくれましたが、時代が時代ですから、当然、辰野は戦争のことを意識して金庫も設計したはずですね。

門井 そう思います。もっと言うと、負けたことを意識してですね。辰野家では、日銀本館の落成した3月22日を記念日として、毎年、弟子や親戚を大勢集めてどんちゃん騒ぎをしたそうですよ。

万城目 よほどうれしかったんですね。日本人として最初に中央銀行をつくったことが。

門井 金吾が亡くなった後、昭和に入ってから、じつは日銀本館は取り壊しが検討されたことがありました。その噂を聞きつけた夫人の秀子さんは、長男の隆に「見納めだから連れていってくれ」と頼んだそうです。そして本館をじっくり眺め、「これで思い残すことはない」と言ったとか。奥さんにとっても印象深い建物だったのでしょう。

万城目 最後にヘンな話で締めますけれど、さっき門井さんが日銀について熱く語ってくれているとき、門井さんが「金吾」と言うのが、時々「金庫」に聞こえたんですね。

門井 滑舌が悪くて(笑)。

万城目 それでふと思ったのは、彼がドケチだったら絶対に「辰野金庫」ってあだ名がついただろうなと。ところが実際は「辰野堅固」というじつに立派なあだ名がついている。明治の男として、仕事ぶりであだ名がつくのが立派だなと思いました。

日銀本館の中庭を歩く

【次ページ 品川弥二郎銅像台座:辰野金吾/1907年/千代田区九段南2-2】

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